家庭で映像作品を楽しむホームシアター。現在は収録から上映まですべてがデジタル化され、光学装置のあり方、さらにはその源流である視覚装置について思いが至ることがほとんどないと思います。メガネを懸けて楽しむ3D映画「アバター」「タイタニック」のリマスターが今年前半再注目を浴び、Appleが新機軸のVR製品を発表した今だからこそ観たい展示会が開催されます。7月19日より東京・恵比寿の東京都写真美術館(TOP)で開催される、「TOPコレクション 何が見える? 『覗き見る』まなざしの系譜」(TOP Collection:A Genealogy of “Peep Media” and the Gaze)がそれ。
- 東京都写真美術館
「TOPコレクション 何が見える?『覗き見る』まなざしの系譜」
2023年7月19日(水)~2023年10月15日(日)
www.topmuseum.jp
今日の光学装置の源流となる「覗き見る」視覚装置の歴史
2018年に東京都写真美術館で開催された「マジック・ランタン 光と影の映像史」は、“みんなで”見るプロジェクションの歴史から映像文化を紐解くものでした。
それに対して本展は“ひとりで”覗き見るという視覚形式に焦点を当てます。周囲の視界を遮り、現実とは異なる世界に没入して楽しむ…最近ならVRゴーグルなどが代表例ですが、同様に光学を利用し、特別な視覚体験を娯楽とする歴史は、いまから300年以上前のピープショーに遡ります。
カメラ・オブスクラをルーツに持ち、箱に開けられた小さな覗き穴から遠近法を使って描かれた絵を見ることで、単純な構造ながらも覗き見るだけで幻想的な体験ができるピープショーは、姿を変えながら、長く人々に楽しまれました。
また、今まで見たことがない更なる視覚体験の追求により、顕微鏡や望遠鏡が生まれ、立体視が可能になり、さらには映画の誕生へとつながります。
本展では、覗き見る視覚装置をどのように発展させ、どのような表現が生まれたのか、写真と映像の歴史を横断しながら紐解きます。
ピープショーをはじめとするお宝的コレクションと体験型展示
本展では、東京都写真美術館の特長である写真史と映像史それぞれにおいて貴重なコレクションが展示されます。
特に第1章「覗き見る愉しみ」では、18~19世紀にヨーロッパで作られた箱型ピープショーや人気が高いペーパーピープショーなどを当時の資料と共に紹介。江戸~明治時代にかけて日本で流行した「のぞきからくり」「覗き眼鏡」など、会期中に展示替えをしながら歴史的収集品約120点が展覧されます。
展示室では実際に装置に触り、その原理を体験できるレプリカや、2022年度アジアデジタルアート大賞に入賞したTOPオリジナル教材「マジカループ」アプリを体験できるブースが設置されるほか、スタジオではアニメーションの原理が体験できるワークショップなども開催。来館者が参加できる展示構成になっています。
覗き見る視点を現代作家の解釈で
全5章からなる本展では、1章から4章までで覗き見る視覚装置とそのイメージの歴史を振り返ります。そして5章では、覗き見るという行為を広義的に捉え、現代作家4名の作品を紹介。スマートフォンの普及と監視カメラに溢れる現代では、容易に「覗き見る」ことができることで享受する恩恵と意図せず覗き見られる対象となる危うさの緊張関係が存在します。作家たちの作品はそうした問題に対峙するヒントとなるでしょう。
作品紹介 ※掲載作品はすべて東京都写真美術館蔵
覗き見る愉しみ
覗き見る視覚装置の最初期の例として「ピープショー」と呼ばれる装置があります。ピープショーには様々な形態がありますが、箱の中に覗き穴があり、そこから景色を見ることができる装置の総称といえます。
ピープショーはカメラ・オブスクラの機構を反転させた構造をもち、その始まりについては諸説ありますが18世紀から19世紀にかけてヨーロッパ各地で流行、日本でも楽しまれました。
ピープショーは、室内で鑑賞するものだけでなく見世物師による興行用のものも存在。17世紀頃から、興行師たちはピープショーや幻燈機を携え、ヨーロッパ各地を回るようになりました。
日本では江戸時代にレンズを用いた光学装置が舶来。「覗き眼鏡」として渡来した光学機器は大名など裕福な家庭で楽しまれ、庶民には屋外で興行される「のぞきからくり」が親しまれました。小型の家庭用玩具としての覗き見る装置も様々な形態が江戸~大正期に人々を楽しませました。
観察する眼
16世紀末~17世紀初頭に発明された顕微鏡と望遠鏡。これらは覗き見ることで人間の視覚を飛躍的に拡張させる機能をもった装置です。当初は、そこで見たイメージを描き映す「描画」を通じて人々に共有されました。
ただ、描画は客観性を疑われかねないという欠点が。正確にイメージを共有できるようになるには、19世紀半ばにおける写真術の登場を待たなければなりませんでした。
1870年代初頭から連続写真の実験に没頭した写真家エドワード・マイブリッジは、1878年にギャロップで走る馬の写真を公表。生理学者であるエティエンヌ=ジュール・マレーは、連続写真の公表を機にマイブリッジと出会い、のちに写真銃やクロノフォトグラフィの発明に至ります。
立体的に見る
異なる角度から撮影した2枚の写真(ステレオ写真)をステレオビュワーと呼ばれる装置を使って左右の眼からそれぞれ同時に見ることで立体的に見ることを可能にする「ステレオスコープ」についての最初の論文と装置は、物理学者チャールズ・ホイートストーンによって1838年に発表されました。
ホイートストーンの考案した(ステレオ)ビュワーは大型だったため定着せず、爆発的に流行するには科学者デイヴィッド・ブリュースターが1849年に考案した小型のレンズ式ビュワーを待たねばなりませんでした。
ブリュースター型のビュワーは光学技師のジュール・デュボスクによって製造され、1851年のロンドン万国博覧会にステレオカード(ステレオ写真をカード状にしたもの)とともに出品されると大きな話題を呼びました。
その後、オリバー・ホームズによる持ち運びが簡便なビュワーが登場するとステレオスコープは大流行となり、人々は写真に写された世界を現実さながらに立体的に見ることに熱中します。
強調された立体感と奥行き、強い没入感をもたらすステレオビュワーの流行は、かつてのピープショーと重なります。ヘッドマウントディスプレイを装着しVRを体験するいまの私たちの姿もこの系譜に属していると言えるでしょう。
動き出すイメージ
現在の映画の原型といえる映像装置は、リュミエール兄弟が1895年に一般公開したシネマトグラフとされています。しかしリュミエール兄弟の他にも多くの人々が動く像の実現に情熱を注いでいたのです。
19世紀には残像現象や錯覚を利用して静止画像を動く絵へと変容させる多種多様な視覚装置が発明されました。物理学者ジョゼフ・A・F・プラトーは1832年、網膜上の残像現象によって映像を生み出すフェナキスティスコープを製作。1834年にはウィリアム・G・ホーナーがプラトーの装置を改良しゾートロープを考案。エミール・レイノーはプラクシノスコープと呼ばれる装置を作り1877年に特許を取得。トーマス・エジソンは写真家ウィリアム・ディクスンの協力のもと撮影装置キネトグラフと映写機キネトスコープを開発し1891年に特許を申請、1894年にはニューヨークの「キネトスコープ・パーラー」で一般興行が開始されました。
もっとも、キネトスコープは箱の中を覗き込んで映像を見る装置だったため同時に一人しか鑑賞することができず、興行面ではシネマトグラフに軍配が上がりました。これは現代のVRゴーグルはキネトスコープと、ひとつの大画面を共有するホームシアターはシネマトグラフの関係に近いといえるでしょう。
「覗き見る」まなざしの先に
外界の景色を写し出す装置であったカメラ・オブスクラは、カメラという対象を覗き見てシャッターを押し写し取ったイメージを手にする装置へと発展しました。カメラを介することで、覗き見る主体と対象を結び付け、親密な関係をもたらすことができる反面、ときに対象に冷酷かつ暴力的なまなざしを向けることもあります。
「覗き見る」ことは私たち一般人の日常に入り込んでおり、そのまなざしとどのように向き合い、どのように受け止め、まなざし返し、世界を切り取るという行為を再構成することができるでしょうか。奈良原一高、オノデラユキ、出光真子、伊藤隆介の4名の作家たちの探求から、「覗き見る」ことの可能性と、その先にあるまなざしのあり方を考える企画です。
開催概要
「TOP コレクション 何が見える?『覗き見る』まなざしの系譜」(TOP Collection: A Genealogy of “Peep Media” and the Gaze)
●主催:東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都写真美術館
●会期:2023年7月19日(水)~2023年10月15日(日)
10:00-18:00(木・金は 20:00 まで)入館は閉館30分前まで
●休館日:毎週月曜日(月曜日が祝休日の場合は翌平日)
●会場:東京都写真美術館3F 展示室
東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内
HP:www.topmuseum.jp