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  • 目の不自由な人には
    アニメ映画とタイムリープが難敵だった
    第4回『HELLO! MOVIE音声ガイド』(後編)

    取材・執筆 / 永井光晴(ホームシアターCHANNEL編集部)
    2021年10月27日更新

“観たい作品を選ぶ”というあたりまえを実現

前編につづき、映画『竜とそばかすの姫』の音声ガイド初体験レポートです。

今回一緒に映画鑑賞したのは、視覚障がい者で、すでに「HELLO! MOVIE」音声サービスの魅力にすっかりハマった東京都在住の会社経営者・成澤俊輔氏。そして、「HELLO! MOVIE」の開発メーカーでサービス提供会社のエヴィクサーの瀧川淳社長にもご同行いただきました。

  • 取材に協力いただいた、成澤俊輔氏
    (109シネマズ川崎のIMAXシアターの前)

成澤さん「これまで『HELLO! MOVIE』は10本くらい観ました。これも瀧川さんにお会いしていなかったら、まったくキッカケがなかった。すべては『HELLO! MOVIE』を作っている方と知り合えたおかげです。本当にありがとうございます。」

「映画を観ようと思ったとき、これまでは作品を選ぶより先に、音声ガイドの付いている作品を探すしかなかったんです。環境としてはマイナスがゼロになる程度のレベルでした。ところが、『HELLO! MOVIE』は、おおむね人気作品に音声ガイドが付いていますから、『今日はどの映画を観ようか』という会話ができます。」

健常者にはあたりまえすぎて気にも留めない、“観たい作品を選ぶ”という自由度が、「HELLO! MOVIE」によって広がっていることが分かります。

ここで筆者の素朴な疑問をぶつけてみました。「音声ガイドのナレーターには女性・男性の決まりはあるのでしょうか。主演の性別に左右されるとか。またナレーターが複数ということはありますか。」

成澤さん「ケース・バイ・ケースです。ナレーションは基本ひとりですが、決まったレギュレーションがあるわけではありません。複数だったとしても2人ですね。3人以上はあまりないと思います。」

瀧川氏「最近は、作品の俳優さんや声優さんが自ら出演する音声ガイドも、少しずつ増えているんですよ。」

「HELLO! MOVIE」の普及により、“ディスクライバー”が増えた

瀧川氏「音声ガイドを作る仕事を、“ディスクライバー(Discriver=描写する人)”と呼びます。もともと音声ガイド制作の黎明期はボランティアの仕事でしたが、「HELLO! MOVIE」の貢献もあってか、ディスクライバーという職業が増えました。まだまだ制作側には、『(音声ガイドは)つけておけばいい』、『安ければ安いほうがいい』という感覚は否めませんが、それでもだいぶ改善されてきたと思います。」

筆者「ディスクライバーを主役にした、河瀨直美監督の映画『光』(2017年)が、カンヌ国際映画祭のコンペティションに選出されたことがありましたね。字幕翻訳者のように、ディスクライバーにも上手い下手があったりするのでしょうか。お名前がエンドクレジットで紹介されたり。」

  • 『光』
    人生に迷いながら生きてきた女性(水崎綾女)が、視力を失いゆく天才カメラマン(永瀬正敏)との出会いを通して変化していく様子を描く。(2017年/河瀨直美監督)
    (C)2017 “RADIANCE”FILM PARTNERS/KINOSHITA、COMME DES CINEMAS、Kumie

瀧川氏「そうですね、弊社の『HELLO! MOVIE』では、スマホアプリで再生されることもあって、お名前を音声ガイドの最後に出していただくことが増えているように思います。」

外国語をネイティブに理解できる人は別として、多くの日本人にとって「字幕」や「吹替翻訳」は、必要不可欠な要素です。そんな字幕翻訳者の名前でさえ、映画配給会社によっては、まれに表示されない作品もあるくらいですから、日の浅いディスクライバーの評価はまだまだこれからのようです。
 

音声ガイドの理解は、経験値によって左右される

成澤さん「僕の病気は網膜色素変性症というんですけど、ひとりで映画館に行くのが大変というのは確かにあります。最大の弱点は、見える範囲が狭いことと、暗いところが苦手なことなんです。外を歩くよりも、館内の環境。つまり映画館とか美術館、プラネタリウムなどが厳しい。」

「視覚障がい者は、国内に数十万人くらいいますが、その多くが加齢を伴う障がいで、年齢ととも発症する人が多いんです。それこそ20歳以下の視覚障がい者は数千人程度しかいません。生まれつき、まったく見えない人は少なくて、年齢とともに見えづらくなっていく人が多いんです。」

「僕の場合も、過去にビジュアルで観ることができていた映画もあります。ジブリ作品の『もののけ姫』くらいまでは自分の目で見ています。だから昔見ていた鑑賞経験に、副音声がサポートしてくれて楽しむ感覚というのがあります。」

筆者「音声ガイドだけでなく、経験値が理解をサポートしているということでしょうか?」 

成澤さん「それは多分にあります。一言で音声ガイドといっても、そもそも受け手に“色の概念”があるかどうかで、だいぶ違います。また、経験値という意味では、たとえば“自転車に乗ったことがあるかどうか”で、音声ガイドの捉え方が変わります。”自転車が前にすすむ”と言われても、経験値がないと分かりません。だから未知のスポーツを題材にした映画を伝えるのは困難だったりします。」

「さらには地域的な慣習も同じ。たとえば日本文化的なものを外国人向けの音声ガイドにするのは難しいだろうし、いまの子供たちはYouTubeやSNSなどのデジタルツールを生まれながらに知っています。そんな世代による経験値の差異も大きいと思います。」

視覚障がい者にとって、アニメは理解するのが難しい

「実は、視覚障がい者にとって、アニメは理解するのが難しいんです。ジブリ作品も特にそう。動きに音がないじゃないですか。」

「動きに音がない?」

「アニメは、ほぼセリフにしか音がないんです。実写だとまわりの人が動いたり、環境音がたくさんある。電車が動いていても、アニメの場合はあえて電車の走行音を入れないことのほうが多いんです。」

これは意外すぎる、驚きの事実です。確かにアニメほど、画の動きで出来事を表現する芸術はないかもしれません。健常者が”音がある”と思っているのは、画を見て脳内で音を作っていたということになります。

実際に流れている音は、劇伴(映画音楽)であったり、効果音も観客に注目してほしいキャラクターやモノにだけ強調的についています。周りのどうでもいい環境音をわざわざ作ることはなく、それが視覚障がい者にとって、“アニメには音がない”ということになります。

成澤さん「さらにはシーンごとに時間が戻ったり、タイムリープも音だけで理解するのが難しい。アニメは登場人物が回想したりするのも多いんです。主人公が夢を見ているのか、現実なのかを映像だけで表現しているのが多くて、アニメは苦手です。」

筆者「なるほど。それでは別の意味でアート系作品も、ディスクライバーのチカラが問われますね。」

成澤さん「そうそう。とくにアート系作品には、言葉にしなければ分からないけれど、言葉にしてしまうと終わってしまうみたいな要素があります。無言で見つめ合っているシーンとか。音声ガイドは声アテ(人物のセリフ)ベースで作ることが多いので、そもそもセリフがないと難しくなります。」

「実写映画でも、演出によっては具体的に意味を描き切らない人がいますよね。それこそ『行間で読め!これが映画じゃ!』みたいな監督さん(笑)。」

音声ガイドで知る、すずが飼っている犬の名前

さて今回は、IMAX版の映画『竜とそばかすの姫』で、筆者にとって初めての音声ガイドを体験しました。比較のため、取材当日までに通常版はすでに鑑賞済み。仮想現実世界のとてもダイナミックな映像美と音楽のシンクロが美しい作品です。

  • 『竜とそばかすの姫』
    (C)2021 スタジオ地図

いつものようにスマホはドリンクホルダーに立て、イヤホンを片耳だけに装着して、音声ガイドと本編音声を同時に聴取しながら鑑賞しました。

映画の冒頭だけ、音声ガイドの同期認識が遅れましたが、あとは何の問題もなくスムーズに再生できました。これは通常版には入っている「HELLO! MOVIE」のスタートフラグのようなものがないからだと推察します。作品の音声パターンを認識する「HELLO! MOVIE」は、IMAX版でも再生可能です。

いきなり映画『竜とそばかすの姫』の主人公・すずが飼っている犬の名前が“フーガ”ということを音声ガイドで初めて知ります。フーガは右の前足がありません。映画冒頭から登場し、登校前のすずと散歩に出かけるフーガが、バランスを取りながらエサを食べる姿が印象的です。

原作小説によると“保護犬”として、すずの家に引き取られたという設定で、足先がない理由は、誤ってイノシシの罠にはまり、欠損してしまったそうです。おそらくディスクライバーは原作小説からの情報も読み込んで、音声ガイドを完成させていることが分かります。

また登場人物の動き、顔の表情、服装、場面の変化など、画面上で起こっていることをすべて説明するのは極めてハードルが高い作業です。たとえば“怒っている”を言葉で伝えるとき、それはどの程度なのかを想像してみてください。

音声ガイドで初めて分かることは他にもあります。町にある名所・名跡、建物や駅の名称、料理の名前などです。

一方で、本作の舞台が高知県であることは、音声ガイドがあってもなくても、見る人の経験値です。もともと高知県の有名なモノ・コト・場所を知っていないと分からないというのは当然です。

  • すずが渡る仁淀川の浅尾沈下橋(あそおちんかばし)

すずは、高知県越知町・仁淀川の浅尾沈下橋(あそおちんかばし)を渡って学校に通っています。「沈下橋」というのは、 洪水の際に水の中に沈むよう設計されているためで、音声ガイドでは“石橋を渡る”とも表現されています。通常版を見ているぶんには、橋が“石橋”であることに気づく必要もないことですが、音声ガイドの情報を得て、筆者は初めて「浅尾沈下橋」に気づきました。

実際、音声ガイドだけでは“高知県が舞台”ということは分かりにくいようです。

成澤さん「途中で何度か“(鰹の)たたき”って言葉が出てきていたんですけど、最後までなんでだろうと思っていました。“鏡川”という名前が出てきていましたが、高知県の川の名前って知らなければ分かりません。“JR伊野駅”という名前もローカルですね。最後の最後で、『飛行機に乗らないと川崎に行けない』というセリフで、遠い場所なんだと気づきました。結局、最後の10分くらいでようやく『高知県なのかも』ってわかりました。」

舞台設定に関しては、情報が映像だけの健常者にはもっと分からないかもしれません。アニメ作品の舞台を巡る“聖地巡礼”が流行っていますが、ほとんどが鑑賞後のインターネットの補完情報で知るところでしょう。

“鏡川”も“伊野駅”も、飼い犬の“フーガ”の名前も音声ガイドでは知ることができたりするのが、とても興味深く感じます。本編と音声ガイドでは大前提となる情報が大きく違うところがあることに初めて気付かされました。

音声ガイドと本編の両方を聴きながら、すり合わせて理解できる

筆者「今日の映画はだいぶ世の中を映し出していると思いますが、いかがでしたか。」

成澤さん「とても面白かったです。かなり社会風刺的な要素がありました。インターネットやアバターとか、DV(家庭内暴力)とか盛り込んでいて、アニメですが十分にストーリーを楽しめました。」

「あえて表現しないで含みを持たせるセリフは分かりにくい。けっこう難易度の高い設定だけど、理解しやすかったです。本作に限らず、一般的にはメインの主人公が誰なのかを早いうちに気付けるかどうかだったりもします。」

「見ごたえはありましたね。本作もアニメ特有の回想がありました(すず幼少時の母親の事故シーン)。」

「やはりアニメにありがちですが、“ここ”とか“あそこ”とか指示語がわからない。具体的に名前を言ってもらわないと難しい。むしろ『HELLO! MOVIE』の音声ガイドと本編音声の両方を聴きながら、すり合わせて理解できるんです。」

障がい者ニーズは動画配信にもある

筆者「映画は、映像配信サービスなどでも見るのでしょうか。」

成澤さん「映画館以外ではほとんど見ないですね。僕の場合、映画館という場の楽しみがいいんです。映画館じゃなければ、コーラなんて滅多に飲まないですしね(笑)。予告編も聴いていて楽しみです。次に観たいのは『総理の夫』です。」

「映画は、同じ視覚障がい者でも、人によって様々です。むしろ馴れた場所(自宅など)で、自分のペースで観たいという人が多いと思います。PCディスプレイに目をすごい近づけてもいいとか、そういうニーズもあると思います。配信だと再生の一時停止が使えるのも便利です。」

ちなみにNetflixやAmazonプライム・ビデオなどの動画配信サービスでは副音声機能を使って音声ガイドをサービスしていますが、これは作品の制作会社が提供主体です。つまり「HELLO! MOVIE」のような普及活動が背景にないと、配信作品の音声ガイドも増えていかない可能性があるのです。

視覚障がい者が、いま映画館に欲しいサービス

成澤さん「『HELLO! MOVIE』だけでは完璧ではない部分もあるので、映画で聞き逃した瞬間に、隣の人としゃべれる上映回があるといいなとは思います。会話OKがあるといいですね。」

これは一部映画館ですでに行われている、「応援上映」や「子育てママ向け上映」のようなバリエーションに近いかもしれません。

「それから、暗いところが見えずらい人たちには、映画館をもっと明るくしてほしいというのはあります。映画館のトイレは普通のトイレより暗いんです。」

「健常者の皆さんが持つ、視覚障がい者のイメージは“まったく見えない”と決めつけていて、“見えづらい”とは考えていない。100か0ではないのに。光すら見えていない視覚障がい者なんてほとんどいません。テレビのチャリティー番組に出るような全盲の人は極めて少ない。逆に障がい者のコミュニケーションでは、点字がよめたり、手話ができる障がい者もそんなに多くないんです。」

雰囲気重視の照明デザインも、公共性の高い施設においてはバリアフリーではないという可能性がありそうです。

成澤さん「知り合いのブラインドサッカーの選手が、『コートの上では、視覚障害者であることを忘れられる』と言っています。みんながアイマスクしているからです。『HELLO! MOVIE』で映画を観ていると、目が見えないことを忘れられるというまでは行かないまでも、人と同じく楽しめることのフラットさや、作品への没入感を得られます。こんな体験は、ふだんの生活ではあんまりありません。」

今回の取材で筆者は、「HELLO! MOVIE」の音声ガイドや字幕ガイドが、その重要な一端を担っていることをあらためて理解する機会となりました。そしてアクティブな成澤さんの本音トークのおかげで、初めて知ることができた障害者の立場からの視点は、健常者には意外性のあるものばかりでした。

バリアフリーのあるべき姿は、“健常者のあたりまえ”を提供してほしいだけだったりします。今あるバリアフリーサービスには残念ながら、まだまだエクスキューズ(言い訳)が少なくありません。

  • 左から「HELLO! MOVIE」のサービスを提供するエヴィクサーの瀧川淳社長、中央が成澤さん、右が涌井さん(成澤さんのアシスタント)

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