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  • バリアフリー上映の先駆け
    『KAWASAKIしんゆり映画祭』の秘密
    第5回『市民映画祭でHELLO! MOVIE上映』

    取材・執筆 / 永井光晴(ホームシアターCHANNEL編集部)
    2021年11月29日更新

“HELLO! MOVIE”作品も上映された、KAWASAKIしんゆり映画祭

毎年行われている「第27回KAWASAKIしんゆり映画祭2021」(以下、しんゆり映画祭)が、今年も10月31日から11月7日まで、川崎市アートセンターで開催されました。昨年から続くコロナ禍での実施ながら、万全の対策と来場者の協力のもと大盛況のうちに幕を下ろしました。

しんゆり映画祭は、神奈川県川崎市で地域住民や企業が支援・協力しながら、市民スタッフが企画・運営の中心を担い、行政がバックアップするという形態の映画祭として1995年から27年間、続いてきた市民映画祭です。

取材のきっかけは、今年の映画祭の上映14作品に、“HELLO! MOVIE”作品2タイトルがラインナップされたことでした。

いかにも「映画祭がバリアフリー上映する」と聞けば、ありそうな話ですが、調べてみると、じつは国内にバリアフリー上映自体がほとんど存在していない1997年から、映画祭主催者が、音声ガイドを自主制作するというパイオニア的な試行錯誤を続けてきたのが、このしんゆり映画祭の大きな功績のひとつだったのです。

今回は映画祭事務局の柳町恵太さんと市民スタッフで映画祭バリアフリーセクション担当の石原優子さんにお話をうかがいます。

  • 映画祭事務局の柳町恵太さん(左)
  • 市民スタッフで映画祭バリアフリーセクション担当の石原優子さん(右)

映画祭を共催する川崎市アートセンターは地元のミニシアター的存在

会場となる川崎市アートセンターに訪れてみて初めて知ったのは、年間を通じて地元のミニシアターとして機能していることでした。営利目的の民間興行シアターではなく、地域の公共施設が興行作品を有料上映しているという姿に驚かされます。もちろんアートセンターは映画のみならず、演劇や音楽などの舞台芸術の上演も支援しています。

川崎市アートセンターは、しんゆり映画祭を運営するNPO法人KAWASAKIアーツとは別の組織ですが、共催団体のひとつとなります。

  • 小田急線・新百合ヶ丘駅から徒歩5分、川崎市アートセンター

少し昔でしたら、行政の民業圧迫と言われかねないと心配してしまう昭和世代の筆者には、新鮮な風景に映りました。日本中に単館・名画座がひしめき合っていた昭和とは異なり、シネマコンプレックス(シネコン)時代の現代は、スクリーン数は多くても、経済原理からメジャー作品に上映回数は割かれてしまいます。コロナ禍の打撃もあって、ミニシアターは大都市圏でもその数を減らしてしまいました。ローカル都市でアート作品を楽しむ環境は、さらに厳しさを増しています。

それならネット配信があるではないかと考えがちですが、あえてアート系やドキュメンタリー作品のスクリーン上映に触れる機会を提供することは、「映画とは何か」が問われている今における、見識ある文化支援活動です。

ミニシアターとしての川崎市アートセンターの存在そのものに、川崎市が映画祭のみならず、「しんゆり・芸術のまち」という構想のもと、文化の育成、市民の文化活動支援に積極的に取り組んでいることを垣間見ることができます。

日本のバリアフリー上映の先駆者。稀有な市民映画祭

さて、今年のしんゆり映画祭で上映された“HELLO! MOVIE”作品は、誰でも楽しめるコメンタリー音声の『くれなずめ』(松居大悟監督)。そして目の不自由な人向けの音声ガイドと、耳の不自由な人向けの字幕ガイドの両方に対応している『ラプソディ オブ colors』(佐藤隆之監督)の2タイトル。作品上映前、上映企画者の映画祭スタッフによる挨拶で、観客持参のスマホアプリで再生できる“HELLO! MOVIE”サービスの紹介が行われていました。

しんゆり映画祭の上映プログラムにも、“HELLO! MOVIE”のロゴおよび音声ガイドと字幕ガイドの対応アイコンが表記されていますが、注目すべきは“HELLO! MOVIE”以外にも、FM変調方式によるイヤホンガイド作品として、『茜色に焼かれる』が上映されていたことです。

「『茜色に焼かれる』の音声ガイドはじつは私の声なんです。」と、石原さん。

───長く音声ガイドを自主制作されていると伺いましたが、毎年作られているのでしょうか。

「毎年、映画祭上映作品の1作品を自分たちがボランティアで作っています。音声ガイド用の台本を制作し、アートセンター内のスタジオで録音まで行います。コンテンツはCD-Rに収録したうえで、上映時にFM変調で同期再生しています(観客はFMラジオで聴ける)」

───最初はいつからでしょうか。

柳町さん「映画祭の創設が1995年で、バリアフリー上映はその直後の1997年からです。“HELLO! MOVIE”どころかスマホもない時代、テレビの副音声サービスさえもほとんどありませんでした。もともとは歌舞伎ファンであったお客様からの要望でした。歌舞伎の音声ガイドをヒントにしたリクエストに、映画祭創設に尽力された日本映画学校(現・日本映画大学)の武重邦夫さんのアドバイスと、音声技術者のサポートをいただき、武重氏が師事した今村昌平監督の『うなぎ』(1997年カンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞)に初めて音声ガイドを制作しました」。

さらに石原さんが続けます。

「前例のない音声ガイド制作は試行錯誤。映画の完成台本のト書きを参考に、映画を伝えるための情報の取捨選択や表現方法など、音声ガイド台本づくりを自分たちで学んでいったと聞いています。当初は音声ガイド用の台本を、上映中に生ライブでナレーションしていたそうです」。

───生放送ですか、それは凄いですね。

柳町さん「台本が手に入らない洋画の場合は、セリフ起こしもさらに加わり、セリフの吹替の収録も行います。現在では川崎市アートセンターから、映画祭以外の作品の音声ガイド制作を年に5〜6本委託されています。バリアフリーシアターとして定期的な上映が続けられています。またバリアフリー上映時には、最寄りの新百合ヶ丘駅までの送迎案内サービスも行います」。

「すでにある多くの過去コンテンツを多くの方に劇場で楽しんでいただきたい。ご要望があれば、音声ガイド用の台本や、音声ガイドコンテンツは貸出も行っています。あくまでもスクリーン上映前提なので、ビデオ再生用や個人向けではありません」。

『茜色に焼かれる』が音声ガイド制作に選ぱれたポイント

───今年の音声ガイド自主制作は『茜色に焼かれる』ですが、この作品が選ばれたポイントはありますか。

石原さん「この作品は、作品として素晴らしいのはもちろん、コロナ禍のなかで作られた作品でもあり、今年ぜひ上映したい作品だとスタッフたちで話し合い、上映が決まりました。毎年の作品選びによっては、例えば時代背景の説明や情景描写が多い作品などでは、音声ガイドづくりの難易度があがったりもします」。

柳町さん「作品選びのとき、ハッピーエンドを好まれる利用者の方が多い傾向はありますが、ニーズはそれだけではありません。実際、『この作品に音声ガイドをつけてくれてありがとう』とお声かけをいただくことがあります」。

「“HELLO! MOVIE”などですでに副音声が付いているもの以外で、『ぜひこれは見てもらいたい』という観点で、障がいのあるなしに関わらず、どなたでも劇場で一緒に楽しんでいただければと活動を続けています」。

「同時に音声ガイドは、配給会社さんのご理解が必要です。断られることはあまりないのですが、予算(貸出料金)の都合だったり、監督さんが自分が最後まで管理できないものは出したくないという理由もあります。当然、配給会社が製作予定だったりすれば仕方ありません」。

───作品選びを含めて、だいぶ前から準備されるのでしょうか。

柳町さん「映画祭用は自分たちで選んでいます。実際の作品選びは、半年前(5月くらい)からスタートしています」。

───ボランティアで制作するにはずいぶんと短期間ですね。

「2000年以降にアートセンターから委託制作を行っている副音声ガイドづくりが年5~6本になっているので、一作品2~3か月で制作するペースができています。作業的にだいぶ整理されてきているから出来ていると思います」。

  • 『茜色に焼かれる』(2021)
    (C)2021「茜色に焼かれる」フィルムパートナーズ
    監督:石井裕也
    出演:尾野真千子、和田庵、片山友希、オダギリジョー、永瀬正敏
    尾野真千子の4年ぶりとなる単独主演作品。『舟を編む』の石井裕也監督によるオリジナル脚本。7年前、理不尽な交通事故で夫を亡くした母と子。母の田中良子はかつて演劇に傾倒していたことがあり、芝居が得意だった。ひとりで中学生の息子・純平を育て、夫への賠償金は受け取らず、施設に入院している義父の面倒もみている。コロナ禍で経営していたカフェが破綻し、花屋のバイトと夜の仕事の掛け持ちでも家計は苦しく、そのせいで息子はいじめにあっている。そんな母子が最後まで絶対に手放さないものがあった。社会的弱者として世の中の歪みに翻弄されながらも信念を貫き、たくましく生きる母を尾野真千子が演じる。

しんゆり映画祭が“HELLO! MOVIE”を採用した背景

───HELLO! MOVIE作品を加えれば、もっとバリアフリーは増えると思いますが。上映は初めてですか。

柳町さん「はい。“HELLO! MOVIE”は今年が初めてです。音声ガイド作品は必ず自分たちで1本制作しますが、そのほかに関しては、基本的にバリアフリー対応があれば、それを使って楽しんでいただいています。バリアフリー対応を増やしたいから、“HELLO! MOVIE”を選ぶのではなく、映画祭として観ていただきたい作品があって、それがバリアフリー対応であれば利用しています」。

「しんゆり映画祭のバリアフリーシアターは、「音声ガイド付き上映」「字幕ガイド付き上映」「保育付き上映」を三本柱としています。残念ながら、コロナ禍で昨年と今年は「保育付き上映」は断念しています。一方、耳の不自由な人向けの「字幕ガイド」も、以前は自分たちでも作っていましたが、デジタル化されたときに機材などの関係で制作を中断しました。現在は、字幕制作ソフトなどもあるので、上映環境と、人手が増えれば制作も再開したいと考えています。現在は、スクリーンに字幕ガイドを投射できる作品を毎年必ず1本選んでいます。今年は『ラプソディー オブ colors』を選ばせていただきましたが、この作品が同時に“HELLO! MOVIE”の音声ガイドと字幕ガイドにも対応している作品でした」。

字幕付き上映はスマートグラスの一般的な普及次第

───今回の字幕付き上映は、スクリーンにあらかじめ表示されるものです。『ラプソディー オブ colors』にはスマートグラスを使った“HELLO! MOVIE”の字幕ガイドもありますね。

柳町さん「スマートグラスを用意する条件が整っていません。スマートグラスの普及次第かもしれません」。

───この背景には、バリアフリーにおける字幕付き上映の課題が存在しています。日本映画にわざわざ字幕をつけるにはコストがかかるため、“HELLO! MOVIE”を使ったほうが同じ作品素材で上映ができます。しかしながら、まだまだ高額なスマートグラスを上映側や観客自身が用意する必要があります。

また一方で、そもそも監督が作った映像に文字を乗せないでほしいという意見もあるのです。日本の観客は、洋画の日本語字幕に慣れていますが、海外では吹替があたりまえです。日本人は俳優の声ばかり注目しがちですが、映画は映像芸術でもあり、作為的な文字情報は映像作品の邪魔になるという考え方にも一理あります。

目で字幕を追うあまり、俳優の表情や映像の仕掛けをしっかり鑑賞できていないことはままあります。いずれにせよ、“HELLO! MOVIE”の音声ガイドがスマートフォンの圧倒的な普及に支えられているように、字幕ガイドも、スマートグラスの今後の一般的な普及次第といえます。

社会派作品も積極的に上映。しんゆり映画祭の真摯な姿勢

今年の字幕付き上映に選ばれた『ラプソディー オブ colors』はドキュメンタリー作品でした。作品そのものがバリアフリーをテーマとしていて、むしろ健常者が見るべき作品かもしれません。『茜色に焼かれる』はコロナ禍の社会的弱者のシングルマザーを描いたドラマです。その他にも、北朝鮮の強制収容所の実態を3Dアニメ化した『トゥルーノース』、たった一人で7年間の製作期間をかけたストップモーションアニメ『JUNK HEAD』は今年話題になりましたが、映画祭でも満席の大盛況でした。

先に柳町さんが言われたとおり、まず『いま映画祭として観ていただきたい作品』があって、障がいのあるなしに関わらずに鑑賞できる環境を整えている。これが、しんゆり映画祭の良心であり、真摯な姿勢であると感じました。

  • 『くれなずめ』(2021)
    (C)2020「くれなずめ」製作委員会
    “HELLO! MOVIE”音声コメンタリー対応
    監督:松居大悟
    出演:成田凌、高良健吾、若葉竜也、浜野謙太、藤原季節、目次立樹
    『アズミ・ハルコは行方不明』の松居大悟監督が、自身の体験を基に描いたオリジナルの舞台劇を映画化。
    優柔不断だが心優しい吉尾(成田凌)、劇団を主宰する欽一(高良健吾)と役者の明石(若葉竜也)、既婚者となったソース(浜野謙太)、会社員で後輩気質の大成(藤原季節)、唯一地元に残ってネジ工場で働くネジ(目次立樹)。高校時代の帰宅部仲間がアラサーを迎えた今、久しぶりに友人の結婚式で再会。満を辞して用意した余興はかつて文化祭で披露した赤フンダンス。恥ずかしいだけでだだスベりで終わった。むなしい気持ちのまま、二次会までは3時間。その長い時間のなか、彼らが思い出すのは、しょーもないことばかり。そう、僕らは認めなかった、ある日突然、友人が死んだことを─。
  • 『ラプソディ オブ colors』(2021)
    (C)office + studio T.P.S
    “HELLO! MOVIE”音声ガイド・字幕ガイド対応
    監督:佐藤隆之
    東京都大田区を拠点に活動するバリアフリー社会人サークル「colors」の500日間を追ったドキュメンタリー。障害のある人、ない人、グレーな人たちが集まるcolorsは、毎月10回以上のイベントを開催している。その内容は大学教授による講習や音楽フェス、単なる飲み会など多岐にわたり、年間のべ800人が来場する。自身も障害者でDET(障害平等研修)のトップファシリテーターとして活躍するcolors代表・石川悧々さんと、地域の障害福祉の立役者であるNPO法人理事長・中村和利さんのもとには、個性豊かな人たちが次から次へと集まってくる。そんなある日、colorsが入居する建物の取り壊しが決まり、閉鎖の危機へと追い込まれてしまう。