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  • HELLO! MOVIEで歌舞伎のイヤホンガイドがアプリになった 第10回 シネマ歌舞伎イヤホンガイド

    取材・執筆 / 永井光晴(ホームシアターCHANNEL編集部)
    2022年5月30日更新

第9回はこちら>>>多言語で世界標準をめざす、HELLO! MOVIEのこれから

歌舞伎を分かりやすく解説するイヤホンガイドがアプリになった

映画の音声ガイドや字幕メガネなどのバリアフリーサービスや出演者のコメンタリー音声などのサービスとして紹介してきた“HELLO! MOVIE”ですが、今回はその技術を活用したもうひとつのエンターテインメントサービスを紹介します。

舞台演劇において、海外オペラやミュージカルの来日公演でお世話になることもある「日本語字幕サービス」、あるいは日本の古典芸能でイヤホンを介して解説を聞くことができる「イヤホンガイド」をご存知でしょうか。歌舞伎ファンならばお馴染みのサービスですが、このイヤホンガイドと“HELLO! MOVIE”のコラボレーションが始まっているのです。

日本の伝統的な舞台芸術である歌舞伎ですが、より多くの人に楽しむきっかけを得てほしいと、映画館で歌舞伎演目を定期的に上映する「シネマ歌舞伎」が全国展開されています。そして「シネマ歌舞伎」でも、歌舞伎座のナマの舞台同様に「イヤホンガイド」を提供しようと、“HELLO! MOVIE”技術が使われているのです。

今回はイヤホンガイド社の黒田氏と、シネマ歌舞伎を製作している松竹の佐藤氏、そして“HELLO! MOVIE”の那須氏にお話をうかがいました。

歌舞伎の解説を47年間にわたって継続する定番サービス

━━━━そもそもイヤホンガイドはどのようなサービスですか?

(イヤホンガイド社 黒田さん)  イヤホンガイドは、劇場の歌舞伎や文楽を中心とした古典の舞台演劇で、ナマの舞台にお客様向けの音声解説を聞いていただいて舞台を楽しむサービスとして成り立っているものです。もともとナマの舞台で、毎日、“オペレーター”と言われる機械を操作する人間が送り出しをして、お客様はラジオ端末のようなものを1人1台お持ちいただいて、劇場レンタルで聴いていただくものです。47年間、サービスを継続しています。

━━━━イヤホンガイドの利用料はいくらですか?

(イヤホンガイド社 黒田さん)  歌舞伎座でのサービスでは、1公演700円が基本です。歌舞伎座来場者の利用率は全体の40~50%くらいで、リピート率も70%くらいと非常に高くなっています。リピーターの方の多くは「思ったより便利だ」と感じられているようです。

  • 歌舞伎のイヤホンガイド端末
  • 歌舞伎を観劇するとき、700円で貸し出しサービスされている「イヤホンガイド」の専用端末

━━━━ちなみにイヤホンガイドの制作フローはどういったものですか。

(イヤホンガイド社 黒田さん)  原則として、毎月、毎演目ごとに新しい解説音声を制作しています。たとえば同じ「勧進帳」という演目でも、演じる俳優さんが異なりますし、開演前の導入コメントも、季節によってお客様が来場されたときの雰囲気を考えながら作られています。

歌舞伎座の場合、約2カ月前に演目が決まって、そこから台本や過去映像を取り寄せます。弊社ではイヤホンガイドの解説者である専門家が30名くらい所属しており、弊社が演目ごとに選任して依頼します。解説者は資料を下調べしながら、ひと月半前くらいまでに下書き原稿を書きます。実際に舞台稽古が行われるのは初日の3、4日前なので、実際の演出と解説が合っているのか、あるいは俳優が身につけている持ち道具が解説と合っているのかを確認します。舞台稽古の最後のほうで、ようやく試し再生で、確認できます。

最終の録り直しや微修正をして初日の本番に出しますが、初日後にも修正が入ることはあります。舞台の本番が開いてはじめて、「もう少しこうだなぁ」とか「ここのコメントが長すぎたから、ひと言だけ短くしたい」といった調整を行います。上演2日目、3日目くらいで問題がなければ、そこでイヤホンガイドは完成します。

毎回、新しい解説を作り、毎日、再生タイミングが違う

━━━━ずいぶんとギリギリで、すごく大変ですね。それに初日に完成していないというのは、いかに舞台が「ナマモノ」かが分かります。

(イヤホンガイド 黒田さん)  原稿は解説者が書きますが、トータルのプロデュースはイヤホンガイド社の制作部スタッフが監修・コーディネートもします。1演目あたりの解説が1番から110番までのコメントがあれば、舞台を見ながら、パソコンでひとつずつオペレーターが再生しています。例えば、解説2番の内容が、「いま下手から人が出てきました、この人は~」というコメントだとすれば、毎日、舞台を見ながらオペレーターが操作しているのです。

━━━━毎回、タイミングが違うんですね。

(イヤホンガイド 黒田さん)  違うというよりも舞台に合わせているわけです。それも1回合わせたら、ずっと全部が流れていくというものでもなくて、コメントはひとつずつ完結します。オペレーターは、俳優さんの次の動きのキッカケを待って、次の「上手から、●●が△△を持って出てきます」というコメントのボタンを押します。こうすることで、俳優さんの演技の間(ま)が変わっても、コメントはズレないわけです。

━━━━解説を制作している主体は、歌舞伎座さんではないのですね

(イヤホンガイド 黒田さん)  制作主体は弊社(イヤホンガイド社)です。劇場でのオペレーションもそうです。演目を決めている松竹さんや歌舞伎座さんが監修しているわけでもありません。47年間、信頼のうえで役割分担されてきたものです。当然、初日に試聴チェックしていただいてはいます。

━━━━不測の事態やアクシデントはないのですか。

(イヤホンガイド 黒田さん)  たとえば「俳優さんが急遽、休演になります」といったときは、歌舞伎座から連絡が入ります。そこで代役になればコメントを差し替えしたり、あるいは出さなかったりするわけです。

  • 解説録音スタジオ
  • 歌舞伎座の近くにある、イヤホンガイド社の社内にあるナレーション収録スタジオ。社内にあることで突発的なコメントの差し替えにもフレキシブルに対応できる。また、スタジオは2つあり、別々の演目の解説を同時進行で収録することもある。

解説者は一般公募で、観劇に精通した歌舞伎ファンが担当する

━━━━解説を読むナレーターさんは社員なのですか。

(イヤホンガイド 黒田さん)  あくまでもイヤホンガイドのナレーションは、解説を書いている解説者本人が読んでいます。休演当日はコメント部分を削除するしかありませんが、翌日までに録り直すことはあります。

━━━━古典演目が多い歌舞伎の場合、解説は過去コンテンツを改訂するのですか。それとも白紙から作り直すのでしょうか。

(イヤホンガイド 黒田さん)  依頼した解説者が書いていますので、当然、解説者の過去の経験や実績というものはあります。ただし同じ演目だとしても、解説者Aが書くものと、解説者Bが書くものは、いい意味で別の解説となります。Aが作った過去の解説をベースに、解説者Bが書くということは絶対にありません。

━━━━そんなプロフェッショナルな作業をする「解説者」はどのような方ですか

(イヤホンガイド 黒田さん)  正しい表現は難しいのですが、「歌舞伎好き」の「歌舞伎ファン」という言い方になります。最近はオーディションを行うこともあります。なぜそうなるかと言いますと、大学の先生や、歌舞伎の評論家のように、知識的に専門性が高いだけでは難しいのです。歌舞伎の舞台の楽しみ方を伝えられる人に残ってもらっています。人づてに歌舞伎を知っている人を探して依頼していると、どうしても歌舞伎の業界に近い方になることがあります。そこで、ここ10年くらいは、一般公募で解説者をオーディションするようになりました。専門的な肩書きのない方が、解説者として一から始めます。

━━━━1年でどのくらいの解説者が執筆されているのでしょうか。

(イヤホンガイド 黒田さん)  いまは20人~30人くらいでしょうか。世代交代も進んでいて、勉強会のようなものはないのですが、それぞれ先輩の解説者から話を聞いたり、担当演目に関して弊社社員からアドバイスしたりすることもあります。

(エヴィクサー 那須さん)  ツイートを見ると、「この人が好き」といった解説の固定客がいるところは、アニメの声優ファンに似ているかもしれません。

━━━━イヤホンガイドの解説者の名前は公表されているのでしょうか。

(イヤホンガイド 黒田さん)  イヤホンガイドそのものが「本日は、〇〇が担当します」といった自己紹介から始まったり、あるいは終わりに氏名を言って締めます。コロナ禍でチラシ配布物がなくなってしまったので、現在はイヤホンガイド貸出コーナーに掲出したり、ホームページなどで紹介したりしています。

解説者のタレント的な演出はしていませんが、それも善し悪しです。昔からのベテラン解説者の中には超有名人もいて、役者さんとの交流もあり、歌舞伎関係者なら知らない人はいないといった方もいます。事前録音のイヤホンガイドですが、となりに座って雑談をしているような喋り口調だったり、落語的な語りだったりする解説者には、ファンがいらっしゃいます。

━━━━解説執筆者は、必ずナレーターを担当しているのでしょうか。

(イヤホンガイド 黒田さん)  以前は別の人にしたこともありました。また新作歌舞伎に関して、イヤホンガイド社員が解説を執筆して、タレントさんにナレーションを依頼したこともあります。でも 基本は書いた人が読んでいます。

「初音ミクの超歌舞伎」などは、中村獅童さんとバーチャルの初音ミクが劇場で共演するときにイヤホンガイドを付けたことがあります。そのときはタレントの百花繚乱さんと解説者がやったこともあります。

映像コンテンツ向けにイヤホンガイド・アプリを開発

━━━━舞台向けとは別に、スマホによるイヤホンガイドのアプリ版があるそうですね。

(イヤホンガイド 黒田さん)  アプリ版はナマ舞台ではなく、映像作品向けのサービスです。松竹さんが提供している映画館で上映される「シネマ歌舞伎」や、Web配信の「歌舞伎オンデマンド」など、ナマでなくても映像に、副音声的にイヤホンガイド解説があれば、より楽しめるのではないかというものにサービス提供しています。「シネマ歌舞伎」は2020年4月からアプリサービスを開始していますので、すでに3年目になります。 (シネマ歌舞伎イヤホンガイドアプリのサイトはこちら

━━━━イヤホンガイドを最初に映像作品に提供することになったきっかけは。

(イヤホンガイド 黒田さん)  最初はトライアルとして、映画館でも歌舞伎の劇場と同じ専用ラジオ端末をイヤホン付きで貸し出してみました。ちょうどシネマ歌舞伎第13弾の「女殺油地獄」(2011年6月公開/東京)と、第14弾の「熊谷陣屋」(2011年10月公開/東京・名古屋・大阪)がそれにあたります。

「シネマ歌舞伎」用に作った解説を、映画の音声トラックの1チャンネルに収録して、上映時にそれを送信アンテナに送り出して、ラジオ端末を持っている人だけが聞こえるようにしました。

最初から観客の10%強にご使用いただき、なかなかの反応だったのですが、観客に端末を貸出・返却するため、映画館スタッフのオペレーションが煩雑になるということで、トライアル止まりで、いったん様子見となりました。

それから約10年後の2020年、エヴィクサーの“HELLO! MOVIE”の技術によって、様々な課題が解決することになりました。

  • シネマ歌舞伎第13弾の「女殺油地獄」(2011年6月公開)。本年5月20日~26日まで全国にて再上映。現在も東京の東劇にて延長上映中。
  • シネマ歌舞伎第14弾の「熊谷陣屋」(2011年10月公開)

━━━━ちなみにイヤホンガイドは日本語以外に、何か国語かのサービスがあるのでしょうか。

(イヤホンガイド 黒田さん)  現在は日本語だけです。コロナ禍で来日観客が減っていることもありますが、もともとイヤホンガイドは「日本語の舞台を、日本人が古典であることで楽しめなくてどうする」ということから、日本語の舞台を日本語で解説するというコンセプトではじまったものです。

必要・要望によって英語の副音声を行うこともありますが、現在の歌舞伎座(第5期2013年~)になってからは、イヤホンガイドではなく、英語字幕をタブレットで文字表示する形にしています。
(※2020年4月からはコロナ禍のため、タブレット字幕サービスは休止しています。)

━━━━エヴィクサーの“HELLO! MOVIE”アプリとの連携のきっかけは。

(イヤホンガイド 黒田さん)  イヤホンガイド社では、長くFM音声ガイドをやっていましたが、それと並行して字幕ガイド表示サービス「G-marc Guide」を専用無線端末(2.4GHz帯)でやっています。しかしながら、さまざまな課題があり、他の通信システムを検討していたなかで、エヴィクサーさんの非可聴音声技術に魅力を感じました。

(エヴィクサー 那須さん)  2014年当時、電波形式のサービスに課題をかかえていらっしゃったところで、弊社の音響技術に興味を持っていただきました。

(イヤホンガイド 黒田さん)  ちょうど2017年頃、歌舞伎演目ではない新案件で初めて協業が始まりました。それが字幕表示サービス「G-marc Guide」のアプリ版です。経済産業省の新連携事業として助成をうけて2017年頃から開発を開始して、実際には2019年に実用化しました。

━━━━字幕アプリのほうが先で、そのあと音声アプリが開発されるのですね。

(イヤホンガイド 黒田さん)  もともと舞台だけでなく、「シネマ歌舞伎」にも音声ガイドを提供したいと思っていながら様子見になっていましたので、すでにエヴィクサーさんが提供していた“HELLO! MOVIE”にイヤホンガイドのコンテンツを提供できれば、音声ガイドサービスができあがるのではないかと考えました。

(エヴィクサー 那須さん)  弊社も松竹さんとは映画部門で“HELLO! MOVIE”の実績がありましたから、「シネマ歌舞伎」へのご提案はイヤホンガイドさんとご一緒にさせていただきました。

映画館という場所で、気軽に歌舞伎を楽しんでもらう

━━━━松竹さんの「シネマ歌舞伎」の“HELLO! MOVIE”導入について教えてください。

(松竹 佐藤さん) 2011年の「女殺油地獄」、「熊谷陣屋」のときのイヤホンガイドのトライアルは、運用面で停滞していましたが、お客様満足度という意味では手応えを感じていました。そこでエヴィクサーさんの技術を使ったサービスでもう一度、検討することになりました。

「シネマ歌舞伎」は2005年からスタートしました。歌舞伎座や劇場に足を運んでいただけない方にも、映画館という場所で気軽に歌舞伎を楽しんでもらえないかと考え、始まっています。

古典歌舞伎だけでなく、いろいろなジャンルの作品を作っています。歌舞伎に対する敷居を低くして、より多くのお客様に楽しんでもらいたいという想いと、HELLO! MOVIEのコンセプトがまさに合致しました。「歌舞伎は難しくてわかりにくい」と思っている方に、ガイド的に聞いてもらいながら、「これだったら歌舞伎を楽しめる」と鑑賞してもらえたら素晴らしいことです。

━━━━野田さん(野田秀樹/演出家・劇作家)の歌舞伎作品も取り上げられているのですか。

(松竹 佐藤さん) そうですね。第一弾は勘三郎襲名の時期でもありましたので、コメディ色の強い「野田版 鼠小僧」(中村勘三郎主演)を公開しました。肩ひじを張らなくても見られるということを多くの人に知ってもらいたい、そんな想いが詰まった作品です。もちろん「鷺娘」や「連獅子」など古典的なものも見てもらいたいという想いはあります。

  • シネマ歌舞伎第1弾の「野田版 鼠小僧」(2005年1月公開)。本年7月22日より全国にて再上映予定。

━━━━2005年にはじまったシネマ歌舞伎のコンテンツはいくつありますか。

(松竹 佐藤さん) コンテンツはこれまで40作品以上あります。コロナ禍前のペースは年間3~4本ペースでした。コロナの影響もあり、残念ながら2021年と2022年の新作は年1作品になっていますが、今後はまた徐々に作品数を増やしていけたらと考えています。最新作は4月公開の「桜姫東文章(さくらひめ あずまぶんしょう)」で、演目としては1本ですが、歌舞伎座での公演同様、上の巻、下の巻の前後編2部公開です。

━━━━全国の上映館数はどのくらいあるのでしょうか。

(松竹 佐藤さん) 東京・東銀座の「東劇」がメイン館ですが、シネマ歌舞伎は全国の映画館で展開しています。今年の「桜姫東文章」のような新作コンテンツは、全国54館で上映されています。2005年の「野田版 鼠小僧」は東劇1館のみでの上映でしたので、どんどん増えています。

  • シネマ歌舞伎の最新作「桜姫東文章(さくらひめ あずまぶんしょう)」は、今年の4月8日に上の巻、4月29日に下の巻の前後編2部公開された。現在も東京の東劇にて延長上映中。

━━━━新作以外に、過去作品の再上映はあるのでしょうか。

(松竹 佐藤さん)  「月イチ歌舞伎」という月に1本シネマ歌舞伎を上映する人気企画があります。今年は全国34館の映画館で年間上映スケジュールを組んで新作や過去作品の上映をしております。いずれの過去作品もおおよそ3、4年に1回のペースで再上映されていて、多彩なラインナップを心がけています。歌舞伎は何度見ても新たな発見があるので、以前ご覧になったことがある作品でも、イヤホンガイドアプリを使ってもう一度観てみることをおすすめしたいです。

━━━━年間通して鑑賞される方へのサービスなどはありますか。

(松竹 佐藤さん)  定期鑑賞されるお客様には、ムビチケカードという前売券を3枚セットにしたお得な割引チケットを用意しています。3回分がどの月にでも自由に使えますので、お好みで作品を選んで鑑賞できます。他にもキャンペーンなどを開催している場合があるので、HPやTwitter、メルマガ、LINEなど、ご自分に合った方法で最新情報をチェックしていただければと思います。

シネマ歌舞伎は、映像と音響にもこだわっている

━━━━松竹さんでは、歌舞伎の舞台演目はすべて映像収録されているのでしょうか。

(松竹 佐藤さん)  「シネマ歌舞伎」のほかに、CS放送の「衛星劇場」などのために収録は行っていました。
コロナ禍によって、配信サービスに注力するようになり、現在では歌舞伎座の演目は、ほぼ毎月収録されるようになっております。

━━━━収録映像はナマの観劇とは違い、花道の役者をアップできたり、舞台全体を俯瞰できたりしますよね。

(松竹 佐藤さん)  その通りです。時には「このシーンは(カメラを)引いたほうがいいのか、寄ったほうがいいのか」と意見が分かれます。一定の制作期間を設けられるシネマ歌舞伎では、できるだけカメラの台数を増やして、いろんなアングルや画角で撮影し、あとから編集できるようにしています。というのもナマの舞台は、一般の映画撮影と違ってカットで止められません。

━━━━当然、観客がいる中での撮影は苦労が多いのでは?

(松竹 佐藤さん)  色々なところに大きなカメラを設置したいところですが、お客様の邪魔にならないことも重要です。臨場感のある画を撮るために劇場とも毎回細かい調整を行ってカメラ位置を決めています。

━━━━画質や音についてのこだわりはありますか。

(松竹 佐藤さん)  上映される映画館が基本HD(2K)プロジェクターなので、まだ4K標準とはなっていませんが、最新作の『桜姫東文章』は一部4Kカメラ収録もしております。音響については、シネマ歌舞伎作品は第一作からすべて5.1chです(一部例外あり)。音響技師も15年間ほぼ変わらず同じ人間が担当しています。画も音も臨場感にこだわって制作しており、誇れるクオリティですので、是非ご覧になってみてください。

━━━━昔の作品が「シネマ歌舞伎」になることはあるのでしょうか。

(松竹 佐藤さん)  『廓文章 吉田屋』は、2020年に公開したのですが、撮影自体は2013年でした。この作品は「シネマ歌舞伎」を目的に撮影されたものではなかったのですが、当時、丁寧に収録をしており、収録データもきちんと保管されていたため、「シネマ歌舞伎」として再編集しました。

  • シネマ歌舞伎『廓文章 吉田屋』(2020年1月公開)。本年6月24日より全国にて再上映予定。

歌舞伎座がない、全国各地の映画館で広く楽しんでほしい

━━━━「シネマ歌舞伎」作品はすべて「イヤホンガイド」対応していくのでしょうか。

(松竹 佐藤さん)  現在進行形で「シネマ歌舞伎」の上映や配信に合わせて「イヤホンガイド」を増やしています。2020年以降に再上映・配信した作品は対応しており、今年(2022年)の公開予定作品については、公開に合わせて「イヤホンガイド解説」をすべて用意いたします。

  • スマホにインストールした「イヤホンガイド」のコンテンツ画面。ここから購入する作品を選ぶ

━━━━イヤホンガイドのコンテンツは、これから新たに作っていくのですか。

(イヤホンガイド 黒田さん)  もちろんです。基本的に劇場演目ですから、劇場用のイヤホンガイド解説 はすでにありますが、そのまま映像に当てはまるわけではありません。シネマ歌舞伎作品ができあがってからのマッチング作業になります。単なるカット編集ではなく、録り直しや追加収録も行います。

━━━━カメラワークによって舞台と異なる、新たなシーンが増えたりするのでしょうか。

(松竹 佐藤さん)  カメラワークだけでなく、シネマ歌舞伎でしか観られないシーンなどもあります。たとえば『三谷かぶき 月光露針路日本 風雲児たち』という作品は、みなもと太郎さんという原作者の漫画を、作品冒頭に挿入しています。これは歌舞伎座の公演時にはなかった映像です。

━━━━アプリ版もイヤホンガイド解説は、毎回購入する必要があるのでしょうか。

(イヤホンガイド 黒田さん)  はい、そうなります。現在はアプリ上の課金で500円で ご購入いただいています。

━━━━アプリ版は、期間契約や複数割引などはないのですね。

(エヴィクサー 那須さん)  我々としてはHELLO! MOVIEが無料ですし、アプリ課金にすること自体がチャレンジだったので、まだそこに至っていません。対象となるユーザーの多くが50歳代以上ということもあって、課金のためのアプリ操作を簡単にするほうを優先しました。

(イヤホンガイド 黒田さん)  アプリ操作に関する問い合わせは必ず一定数ありますので、支払い方法を複数にしたり選択制にしたりするのは、良い面と悪い面があると思います。問い合わせをいただけること自体は、「イヤホンガイドを使いたい」という意識のあらわれですから、非常に喜ばしいことです。まだまだ試行錯誤ではあります。

━━━━アプリ版コンテンツは、映画のように1年間ダウンロード再生できるのでしょうか。

(イヤホンガイド 黒田さん)  ユーザーは、解説コンテンツを購入した日から100日間使えるようになっています。購入できるコンテンツは、基本的に作品が上映されているか、配信されているかを確認して残すようにしています。仮にリストから落としても、上映が再開されればアップロードします。

━━━━日本全国に、東京のような歌舞伎専用劇場があるわけではないですから、「シネマ歌舞伎」とイヤホンガイドの全国上映は価値がありますね。

(松竹 佐藤さん)  とくに『桜姫東文章』が歌舞伎座で上演された2021年4月~6月はまだ新型コロナワクチンも普及しておらず、さらに歌舞伎座の入場者数も半分に制限されている中で、チケット争奪戦となった人気演目でした。東京まで行くことが憚られるという方も多い状況だったと思いますし、幸運にもチケットが買えたとしても、4月の上演の千秋楽付近は、緊急事態宣言が発令されたため公演中止となってしまいました。

公演をご覧になれなかった歌舞伎ファンの皆さまに、自宅近くの映画館で、臨場感たっぷりの映像が見られるようになっていることと、歌舞伎座と同様、イヤホンガイド解説を聞きながら鑑賞できることはすごく意義のあることです。松竹だけではできない、イヤホンガイドさんとエヴィクサーさんの3社があって実現できたことだと思います。

以上

  • インタビュー取材にご協力いただいた方
    イヤホンガイド社 営業部 部長代理 / 黒田 宏樹 氏 (写真右)。
    松竹株式会社 演劇ライツ部 演劇事業室 / 佐藤 悠 氏 (写真左)。
  • インタビュー取材にご協力いただいた方
    エヴィクサー株式会社 事業本部 営業部 部長 / 那須 猛士 氏

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【シネマ歌舞伎イヤホンガイドの楽しみ方】

  • ①映画館へ行くまえに、お持ちのスマートフォンで「イヤホンガイド」を検索して、「イヤホンガイド」アプリをインストールしてください。
    ②インストール後、「イヤホンガイド」アプリを起動します。
    ③作品を選択し、ガイドデータを有料購入し、ダウンロードします。
    ①~③までは、できるだけご自宅などのWi-Fi環境の整備されたところでの事前準備をオススメします。
    ④映画館へはスマホだけでなく、自分のイヤホンを忘れずに。またスマホの充電をしっかりと確認してください。
    ⑤映画館で上映されるシネマ歌舞伎の音を、アプリを起動したスマホに聴かせると、ガイドが自動的にスタート!
    シネマ歌舞伎イヤホンガイドアプリのサイトはこちら

第11回はこちら>>>HELLO! MOVIEでわかる、蜷川実花作品の映像美の裏側