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  • FOSTEX「T60RP」「T50RPmk4」 作品を深掘りする高解像感! フォステクスのヘッドホンで夜中のプチ贅沢ひとりシアター

    取材・執筆 / 遠藤義人
    2024年8月2日更新

    • ホームシアター・コンシェルジュ
      遠藤義人

モニターヘッドホンの高解像感で作品に迫る

前回、夜中などご近所や同居人に気兼ねしてスピーカー再生できない場合のための「ひとりひっそりシアター」向けヘッドホンを提案しました。そこでは、スピーカー再生の音場感に近い、でもバーチャルサラウンドではない音質・音場を求める人に向けた2モデルを紹介したのでした。

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それに対し今回は、スピーカー再生とは異なる、もっと作品に迫り音を掘り起こしたいといったニーズに応える場合を念頭にヘッドホンを選びました。「フェチっぽく作品に迫る」2機種です。

取り上げるモデルは、FOSTEX(フォステクス)の主にプロ向けとして開発されたモニターヘッドホン「T60RP」と「T50RPmk4」です。いずれもフォステクスがバージョンアップを重ねながら磨き続けてきた平面振動板(RP振動板)を採用しています。

今回の試聴では、ヘッドホンアンプとして、独Accustic Artsプリメインアンプ「POWER 1 MK3」のアンバランス出力や、ティアック「UDー507」(バランス/アンバランス)、FiiO Electronics「K19」(バランス/アンバランス)を使い分けています。いずれもナチュラルでなめらかなトーンが共通しています。

ソース機器には、LINNのネットワークプレーヤー「SELEKT DSM-K」(DLNA)、パソコン「MacBook Air」(M2、2022、Audirvana Studio、USB-DAC)、タブレット端末「iPad」(第10世代、USB-C端子経由USB-DAC)、ソニーのブルーレイプレーヤー「UBP-X800M2」(UHD BD、DLNA)を用意し適宜切り替えて聴きました。

  • 左上からAccustic Arts「POWER1 MK3」、左下がティアック「UDー507」、右がFIIO「K19

完熟の「T60RP」と弱点克服の「T50RPmk4」

  • 開放型オーバーヘッド型ヘッドホン
    フォステクス「T60RP
    ¥OPEN(直販サイト価格¥49,500/税込)
    チェリー材っぽいカラーリング

「T60RP」は「T50mk3」をベースに、より一般ユーザーに親しみやすくするようウッドハウジングなどの素材を採用しつつ、チューニングを加えたモデル。シリーズ集大成に位置づけられ、「VGP 2018」で金賞を受賞しています。

こうしたウッドハウジングを使ったヘッドホンは重いという印象を持たれがちですが、ごっついハウジングのAudeze(オーデジー)製品を愛用していたこともある私にとってはあっけないほど軽く装着感も良好な380g。適度な側圧とともに、ヘッドバンドが頭頂部に上手く載るので、重くは感じません。

  • 「T60RP」ヘッドバンド部分

そのサウンドですが、ひとことでいえばフラットでクリアかつ精確なモニター調。音色は自然で、タイトでありながら長時間聴いても疲れません。比較的渋めなヨーロッパ系とは違う明るいトーンとはいえますが、かといって華美ではありません。

次に、6月に発売されたばかりの「T50RPmk4」を聴きます。50年にわたるRPドライバーのノウハウを結集して試作を重ね、マグネットを増量&効率化するなど設計から一新。フラットかつ精確なモニターヘッドホンとしての特性はそのままに、かなり鳴らしやすくなりました。インピーダンスは28Ωです。

  • 開放型オーバーヘッド型ヘッドホン
    フォステクス「T50RPmk4
    ¥OPEN(直販サイト価格¥38,500/税込)

その音質は「T60RP」よりいくぶんなめらかになった印象。もっとも、バランス接続にすると、本来のあら探し用途であるモニターヘッドホンの気質が顔を出します。「T60RP」より一般的なリスニングにも使える印象とはいえ「THシリーズ」との比較では、アタックなどヒリヒリするほどリアル。どの楽器も先鋭的で、全体的な音場感や雰囲気よりも、各楽器の音に耳が引っ張られます。

  • ヘッドバンドは「T60RP」と同様と思われます

微細な音まで拾い解釈を広げる映画体験に!

まずはソニーのBDプレーヤー「UBP-X800M2」で映像コンテンツを楽しんでみます。

「T60RP」は、洋楽POPSの音楽ライブ『サウンド・ステージ ピーター・セテラ・ウィズ・スペシャル・ゲスト・エイミー・グラント』のようなアコースティックライブがよく合います。クリアで空間の見通しがよく、ボーカルから各楽器の立ち位置や音色が明瞭。エイミーのちょっとハスキーな女声や引き締まったベースラインが好ましく響きます。

一方の「T50RPmk4」(3.5mmプラグ+6.35プラグのアンバランス接続)は、「T50RPmk3」ベースの「T60RP」よりもぐんと鳴らしやすく、ボイシングや音場を精確にモニターしてくれる印象は変わりませんが、よりワイドレンジに、より音場感豊かになっています。まったくと言っていいほどクセがない印象で、モニター作業が長時間に及んでも疲れにくいのではないでしょうか。

さらに4.4mmのバランス接続にケーブルに換装すると激変。定位が増してヌケがよくなり、空間の表現力が「THシリーズ」方向に近づきました。

  • 「T50RPmk4」には、アンバランスケーブルが付属。左の4.4mmバランスケーブル「ET-RP4.4BL」(¥8,800/税込)はオプション。mk4になって左右どちらのハウジングにでもケーブルを差せるようになりました

映画『トップガン マーヴェリック』では、航空機の瞬発力、エンジンの爆発音も爽快。ベルリンフィル初の女性マエストロを描いた『TAR/ター』では、音の位置関係に曖昧さがなく、男声も女声も同じトーンで、フラットなサウンドであることが確認できます。精神状態によるターの声のちょっとしたトーンの違いや、ときにターを悩ませる背景の環境音がつまびらかに聴き取れます。

この作品ではター自身の精神状態を音で表現しているところもあり、かなりフェティッシュで神経質に音を拾う「RPシリーズ」はうってつけ。スピーカー再生とは違った解釈ができるように思います。

手許のiPadをヘッドホンDACに繋ぎバランス接続すれば、画面も至近距離に。分析的に映画を観たいときにはうってつけで、作品に迫り音を掘り起こして映画体験ができますよ。

  • iPad、ヘッドホンDACでのバランス接続の設置例

音楽コンテンツはそれぞれ得意なジャンルが

次に音楽コンテンツも試聴。「T60RP」は、最近のヘッドホンではシャリつきがちなマイケル・ジャクソン『スリラー』(82年)も、レコードで聴いていた当時の印象の延長線上で楽しめます。当時秋葉原の宝田無線がよくデモで使っていたプリンス『Controversy 戦慄の貴公子』(81年)はタイトなリズムで好適。ちなみに、前述の2作品とは毛色の違うYOASOBI『アイドル』も、なんとか乗り切れます。

ボーカルはしっかり中央に定位。大貫妙子『PURISSIMA』では唇の動きが生々しいのですが、若干ドライなところにモニターヘッドホンの素性を感じます。シンバルやトライアングルなどの鳴り物はクリア。平面振動板にありがちな低音域がだら下がりする印象はまったくなく、同社「THシリーズ」が持つボリューム感こそないものの、引き締まってしっかり音階が出ています。

ジャズも良好。ビル・エヴァンストリオ『ワルツ・フォー・デヴィ』では、ピアノとウッドベースがキッチリ分離、ブラシやシンバルがシャンパンの泡のように華やかです。富樫雅彦・鈴木勲の『陽光』も、太陽が昇りどこからともなくヒタヒタと鳴り物が集まってくる冒頭も、打音が正確な位置に出現しては消えていくさまが目に見えるよう。とにかく精確です。

上原ひろみ『MOVE』も淡々とリズムを刻む印象。楽器の定位、音色、すべてがフラットで誇張がなく、スピーカーでの再生とはまた違ったニアフィールドならではの世界観が展開されます。

以前本連載でも紹介した、Eight Islands RecordsのJoonas Haavisto Kestutis Vaiginis『MOON BRIDGE』は、清透で流れるようなピアノをバックに郷愁を誘うような泣きのサックスが絵画的な北欧ジャズアルバム。スタジオでの録音ですが、ピアノの響きと滑らかなタンギングのサックスが印象的です。ピアノのアタックも強すぎず、しっかりとリズムと音階が聴き取れて見通し良好です。

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90年代のAOR、ビヴァリー・クレイヴェンのデビューアルバムを聴くと、ピアノをバックに女声がビシッとセンター定位して浮かび上がり、唇の動きも生々しい。ボビー・コールドウェルも響きが抑えめで、すっきりして男声も前に出すぎることなく、泣きのサックスも弾むように爽やか。見通しよく各音源の立ち位置が明確です。

音量を絞ってもよく聴き取れますし、逆に音量を上げてもうるさくないのはS/Nがいい証。総じて、過去に聞いてきた曲の印象そのままで新しい感動はないのですが、こんな価格でキッチリ演色なく精確で低音域の音階も解像する製品はあまり見当たらず、フォステクスの良心的な製品づくりに今さらながら感服しました。

この「RPシリーズ」は、バランス接続でより位相がしっかりするため、各楽器の音像が引き締まり、タイトでクリアになります。ぜひバランス接続で聴きたいところです。

  • 「RPシリーズ」は、純正のバランスケーブルとして4.4mm「ET-RP4.4BL」(¥8,800/税込)とXLR「ET-RPXLR」(¥9,900/税込)を用意

また、注意点としては、比較的ハイインピーダンス(50Ω)なこともあり通常のプリメインアンプやDAPなどのヘッドホンジャックに差しても十分な音量で鳴りません。専用のヘッドホンアンプを用いたいところです。

「T50RPmk4」はたとえばクラシックでいうと、イツァーク・パールマンの『モーツァルトヴァイオリン協奏曲第3番』で、ウィーン・フィルよりパールマンの彩り豊かなヴァイオリンに集中してしまいます。ピアノや管楽器はやや硬質で、ドラムやベースも“ブルン”という響きまでもがやや神経質です。

その分、録音の善し悪しや、音源の古さ、ノイズも、ハッキリクッキリ出ます。たとえば、ビル・エヴァンスやヘレン・メリルなどは良くも悪くも当時の雰囲気が出ている一方、JポップBUMP OF CHICKEN『プラネタリウム』では完璧なマスタリングを堪能でき、かつてないほど感動できました。

また「THシリーズ」との違いでいえば、わかりやすいのはライブ音源だと思います。たとえばプリンス関連楽曲を集めたコンピレーション作品『Many Faces of Prince』収録のチャカ・カーン『I Feel For You』では、観客の歓声や会場の隅に溜まった低音はむしろどこかに片付けてしまい、各音源を冷静に分析してみせます。ベースの音階がきっちり聴き取れ、チャカの声も通り、コーラス隊の声もハッキリ聴こえるように耳を誘導します。

お預かりした「T50RPmk4」は白箱のプロトタイプで2日鳴らしっぱなしにしてから試聴しました。それでも繋ぎはじめよりだいぶ変わりましたから、使っているうちにもっと滑らかかつマイルドに馴染んでくることが想像できますし、イヤーパッドを変えたりするとさらに空間表現の印象も変わりそうです。