CONTENTS
・「HELLO! MOVIE」が変えたバリアフリー映画の常識
・バリアフリー作品の歴史はまだ浅く、その数もまだまだ少ない
・字幕ガイド用スマートグラスの貸出サービスを開始した109シネマズ川崎
・映画館に公開初日に行ける喜び
・“HELLO! MOVIE”は、 目が見えていない感覚を忘れられる
・目の不自由な人にとって、アニメは理解するのが難しい
第2回はこちら>>>”HELLO! MOVIE”で楽しむ マニア好みの”ポンポさん”鑑賞法
“HELLO! MOVIE”が変えたバリアフリー映画の常識
日本代表選手団による史上2番目のメダル獲得数に沸いた「東京2020パラリンピック競技大会(2021年8月24日~9月5日)」が幕を閉じました。テレビ観戦を通して、筆者をのみならず多くの皆さんが、車いす競技やブラインドサッカー、あるいはボッチャやゴールボール、といった各種パラスポーツの特徴的なルールに、興味を持つきっかけとなったのではないでしょうか。
本稿は「HELLO! MOVIE」という映画館のサービスを紹介する連載です。前回までは、無料でコメンタリーが楽しめる新しい鑑賞スタイルとして紹介してきましたが、一方で「HELLO! MOVIE」は「音声ガイド」や「字幕ガイド」といったバリアフリー上映サービスとして本来、普及してきました。
「HELLO! MOVIE」のバリアフリー対応サービスには、聴覚障がい者向けの「メガネ(スマートグラス)による字幕ガイド」と、視覚障がい者向けの「スマホによる音声ガイド」があります。対応作品には、それぞれ別掲のロゴマークが付いています。観客が専用アプリを入れたスマートフォン(以下、スマホ)を持って映画館へ行くところまでは同じです。バリアフリーコンテンツは、持参したイヤホンで「音声ガイド」を聴くか、あるいは一部の映画館で貸出サービスのあるスマートグラスを掛けて映画を観れば、「字幕ガイド」をスクリーン上に重ねて観ることができます。
- 音声ガイド対応作品のロゴマーク
- 字幕ガイド対応作品のロゴマーク
今回は実際に、視覚障がい者の“HELLO! MOVIE”ユーザーとご一緒させていただき、筆者も「音声ガイド」を初体験してみようと思います。
バリアフリー作品の歴史はまだ浅く、その数もまだまだ少ない
勝手ながら筆者は、手話ガイド付きテレビ番組や、副音声ガイドは昔から相当数あるものと考えていました。ところが、バリアフリー映画鑑賞推進団体シティ・ライツによると(※注1)、目が不自由な方向けのナレーションである「音声ガイド」の歴史は、1983年からの「火曜サスペンス劇場」などの一部テレビ番組についていた副音声解説にさかのぼります。映画作品ではようやく2000年に『グリーンマイル』の初回限定版DVDにはじめて音声ガイドがつけられました。
ほんの5年前(2015年頃)で、劇場公開時に音声ガイドがついた作品はようやく約50タイトル、市販DVDで音声ガイドがついた作品でも約120タイトル程度だったということです。1年に公開される新作映画が1,000~1,200本前後あることを考えると、まだまた少ないことが分かります。
わずか50タイトルだった音声ガイド作品の環境を大きく変えたのが、2016年からはじまった「HELLO! MOVIE」(開発当初、同じ音響同期技術が搭載されたUDCastでの取り組みを含む)が手がけたバリアフリー上映サービスです。これまでに提供された作品数はおよそ350本。“完全バリアフリー対応”と呼ぶにはまだまだですが、5年間で「HELLO! MOVIE」が担ってきた役割の大きさが分かる数字です。
(※注1)バリアフリー映画鑑賞推進団体 シティ・ライツのサイトから引用
字幕ガイド用スマートグラスの貸出サービスを開始した109シネマズ川崎
- 川崎駅前にある、109シネマズ川崎のエントランス
今回バリアフリー上映サービスを紹介するにあたって、ご協力いただいたのは、神奈川県川崎市にある「109シネマズ川崎」。ちょうど8月から聴覚障がい者向けに、字幕ガイド用スマートグラスの貸出サービスを開始したばかり。109シネマズ川崎の支配人・東千貴(ひがし かずたか)氏にお話をうかがいました。
- 株式会社 東急レクリエーション
109シネマズ川崎 支配人
東 千貴(ひがし かずたか)氏
東氏「サービス開始1か月ですが、すでに数組のご利用者がいらっしゃいます。直接劇場にお電話でお問い合わせをいただいております」
「スマートグラスの貸出は無料ですが、ご利用には事前申込が必要です。劇場の代表電話でお申し込みいただくか、ホームページのお問い合わせフォームから事前申込をお願いしております。在庫数の都合で1日4名様限定なので前日までにご予約ください」と東氏は丁寧に教えてくれました。
前述のとおり字幕ガイドとは、メガネ型機器スマートグラス(EPSON MOVERIO「BT-300」)を装着すると、上映中の作品を見ながら、観客本人にだけ日本語字幕を表示させることができるというものです。
- エプソンのスマートグラス「MOVERIO BT-300」
イヤホンを使う“HELLO! MOVIE”音声ガイドと同様に、スマホは利用者個人所有のものを当日持参する必要があります。私物のスマートグラスを持参してもいいのですが、現在対応しているスマートグラスはEPSON MOVERIO BT-300のみ。他社のスマートグラスは使うことができません。一般普及にはまだ時間がかかるスマートグラスは当面はレンタルが主流となるでしょう。
スマートグラスの貸出は無料ですが、座席指定の一般鑑賞料金は別途必要となります。残念ながら3D、IMAX3D上映はスマートグラスに対応していません。また原則として障がい者が優先で、健常者はこのサービスを利用できません(今回取材の映画館での運用ルールであり、全国の字幕メガネ貸し出しサービスはこの限りではありません。詳細は各映画館へお問い合わせください。)。109シネマズ川崎の事前予約は劇場ホームページの問い合わせフォームからが便利ですが、電話でのお申し込みも可能。0570-007-109まで。(注意:ナビダイヤルとなります。音声ガイダンス後に5番を選択)
映画館に公開初日に行ける喜び
さあ、いよいよ、映画『竜とそばかすの姫』の音声ガイド初体験です。ご一緒に映画鑑賞することを快諾いただいたのは、視覚障がい者の成澤俊輔氏。会社経営者で東京都在住です。また「HELLO! MOVIE」の開発メーカーでサービス提供会社のエヴィクサーの瀧川淳社長にもご同行いただきました。さっそく成澤氏に「HELLO! MOVIE」の魅力を伺います。
- 取材にご協力いただいた
成澤 俊輔 氏
成澤氏 「僕の場合、プライベートで歩き回るのは危ないし、ひとりじゃ景色が変わらない。誰かと一緒に歩こうというのは簡単ではなく、ひとりで楽しめるものが少ないんです。でも『HELLO! MOVIE』のようなものがあると、ひとりで映画が楽しめます。」
「もちろん映画は、ひとりで楽しみたい自分と、だれかと楽しみたい自分というのがあります。僕の障がいでは、小さい頃、ゲームや漫画が友達と楽しめなかったので、なかなか友達が作れませんでした。『HELLO! MOVIE』があると、誰かと同じ映画を観ることもできます。誰かと同じ楽しみを共有して、他人と共通の趣味を持てたりするもいい。」
「皆さんは本などで、他人のストーリーや自伝に触れる機会があると思いますが、僕は本自体それほど、読む機会が少ない。」
「日本点字図書館みたいなところに、僕らが“本を読みたい”とお願いすると、点字にしてくれます。ざっくりいうと年間数百冊くらいの本は点字になります。でもそれは、いわゆる小説。いま出ている週刊誌とかは無理なんです。雑誌のようにスピード感やリアルタイム性、季節性のあるものは、(点訳など)人の手間が介在するかぎり無理なんです。」
「それに対して、『HELLO! MOVIE』は初日に音声ガイドが提供されている作品が多く、時間差なく、”週末公開の新作が健常者と一緒に観られるんです。まさに『HELLO! MOVIE』は人の介在するステップをいくつか省略していると思います。」
「HELLO! MOVIE」は、 目が見えていない感覚を忘れられる
成澤さんは続けて、「最近はオーディオブック(=AmazonのAudible/オーディブルなど)というのがありますが、苦手意識があってオーディブルはあまり使わないんです。右から左に抜けていってしまう感じで。自分にとってのオーディオブックは、登場人物の中にぐっと入っていく感覚が希薄でいまいちなんです。それに対して『HELLO! MOVIE』の音声ガイドは、実際に本を読む感覚に近くて、自分の情緒を揺さぶられるんです。」
成澤氏 「よく人が本を読んで、“涙が出た”とか、“反芻して深めていった”といったことがオーディブルではできないんです。もちろん、多分に僕のキャラクターもあると思うんですが、個人的には入ってこない。」
「『HELLO! MOVIE』は僕の中ではかなり相性がいいんです。だから『HELLO! MOVIE』の取り組みはとても面白いと感じています」と成澤さんは熱く語ります。
筆者が思ったのは、本の黙読は登場人物に感情移入して読んでいますが、オーディオブックのナレーションは素っ気なく一本調子だったりするので聞いていても感情移入がしにくいのかもしれません。
さらに成澤さんは「HELLO! MOVIE」を、「感覚的には、映画『サトラレ』(注2)みたいなんです。『サトラレ』に喩えるのがいちばん、その没入感を的確に表していると思うんです。自分が目で見ていないのに、自分が目で見て思った感情を誰かがたまたま言葉を付けているんじゃないかという感覚なんです。響いている感覚、それが素晴らしい」と表現しました。
「『HELLO! MOVIE』を観ているときは、目が見えていない感覚を忘れられるというのは大げさですが、その域に近いんです。」
- DVD『サトラレ TRIBUTE to a SAD GENIUS』
(注2)映画『サトラレ TRIBUTE to a SAD GENIUS』(日本/2001年/本広克行監督)
心で思ったことをラジオのように周囲に伝えてしまう特異体質の人間《サトラレ》。一方でIQ180を超える天才性を持つサトラレは、本人に自分がサトラレだと自覚されないよう徹底的な保護政策が取られる日本を舞台に、新米外科医であるサトラレの青年と周囲の人々の関係を綴るヒューマン・ファンタジー。佐藤マコトの人気コミックを本広克行監督が安藤政信、鈴木京香共演で映画化した。同名コミックでは脇役だった青年を主人公に据えて映画化された。
目の不自由な人にとって、アニメは理解するのが難しい
事前に、成澤さんには、“いま観たい作品”を選んでいただきました。すると今回は大ヒット上映中のアニメ作品『竜とそばかすの姫』のIMAX版を鑑賞することになりました。
- 映画『竜とそばかすの姫』
(C)2021 スタジオ地図
なぜこの映画を選んだのか聞いてみると、「話題になっているし、ヒットしているから。『キネマの神様』も候補でしたが、テーマ的にもネットとリアルが面白そうでした。映画の予告編で知って、観たいなあと思っていたというのもあります」と成澤さん。
読者の皆さんは、“目が不自由なのにIMAX?”と思われるかもしれません。その理由は単に、取材日当日に通常版の上映時間が合わなかったためと、「HELLO! MOVIE」の音声ガイドは、IMAX版でも何ら問題なく同期再生できるからです。また、IMAXは画だけでなく音にもこだわりがあるので、あえて今回はIMAX版でトライしてみることになりました。
成澤氏 「目の不自由な人にとって、実はアニメは理解するのが難しいんです。ジブリとか特にそうです。」
驚くほど意外すぎるこの事実については後編で紹介します。(後編につづく)