CONTENTS
・評論家、大橋伸太郎のホームシアター
・映画に魅せられた少年時代
・さまざまな映像コンテンツを、プロジェクターの大画面で
・センタースピーカーが肝! 7.1.4chのサウンドシステム
・家族で楽しむホームシアターの”心”とは
・大橋邸ホームシアター概要
評論家、大橋伸太郎のホームシアター
大橋伸太郎先生は、現在、数多くの媒体で執筆を行うオーディオ・ビジュアル評論家です。かつては編集者として、雑誌「AV REVIEW」の編集長を務め、1998年には雑誌「ホームシアターファイル」を創刊。そして50歳を機に評論家として独立。以来、数々の媒体に寄稿しています。「ホームシアターCHANNEL」では、製品レビューや、ホームシアターづくりに役立つガイド、4K Ultra HDブルーレイの画質音質チェックの連載などを執筆。また、VGPアワードでは審査委員長を務めるなど、オーディオ・ビジュアル業界で長年にわたって活躍されています。そんな大橋先生の執筆活動を支えるホームシアターをご紹介します!
- オーディオ・ビジュアル評論家、大橋伸太郎先生。評論家として独立して17年を迎えました。
足を踏み入れると、まず目を引くのが、大きな120インチのスクリーンと、その両脇を固めるBOWERS & WILKINSのスピーカー「802 Diamond」です。サラウンドは7.1.4chのドルビーアトモス環境で、手前のテーブルにはパナソニックのレコーダー「DMR-ZR1」と、デノンのAVアンプ「AVC-X8500H」が設置されています。ここで、お仕事のみならず、プライベートの映画鑑賞や音楽鑑賞を満喫しているそうです。
- 大橋伸太郎先生の日々の活動を支える、ご自宅のホームシアター。現在のスクリーンサイズは120インチ、サウンドシステムは7.1.4ch。
- 視聴位置後方の様子。ソニーのプロジェクターやリアスピーカー、トップスピーカーの姿も見えます。後方の天井は下がり天井になっており、プロジェクターの天吊り設置がしやすいようにしつらえました。
- 隣には別のお部屋がありますが、スライド式の間仕切りを閉めることで、視聴室は音質的にバランスの取れた左右対称の環境に早変わり。
映画に魅せられた少年時代
大橋先生のお住まいがあるのは、神奈川県鎌倉市。お祖母様は昔、駅前旅館を経営していたそうです。当時、大船にあった松竹大船撮影所に出入りする映画館関係者がそこに泊まりに来ることがあり、大橋先生は、幼少期から映画という文化を身近に感じながら育ちました。
初めての映画体験は、幼稚園児の頃にお父様に連れられて映画館で見たジャン=イブ・クストーの海洋ドキュメンタリー。シャチの群れが巨大なクジラに襲いかかるシーンを今でも鮮明に覚えていると言います。その後、幼稚園児のときに『椿三十郎』を見て、仲代達矢が血飛沫を上げて切られるシーンに戦慄し、小学四年生のときに見た『夕陽のガンマン』の中の、ジャン・マリア・ヴォロンテ演じるインディオが、リー・ヴァン・クリーフ演じるモーティマー大佐の妹を襲うシーンの鮮烈さに衝撃を受けました。そして、中学一年生で観た『あの胸にもういちど」のマリアンヌ・フェイスフルとアラン・ドロンの激しいラブシーンに眠れぬ夜を過ごしました。そうして大橋少年はすっかり映画の虜になりました。「映画は毒のあるもの。だから素晴らしいのです」。そう語る大橋先生の目は、少年のようにキラキラとしていました。
そんな大橋先生がオーディオに開眼したのは高校二年生のとき。ソニーのプリメインアンプとチューナー、パイオニアのレコードプレーヤー、サンスイのスピーカーでシステムを組んだのが第一歩でした。そのときのシステムが50年かけて進化し、現在のホームシアターに至っています。
さまざまな映像コンテンツを、プロジェクターの大画面で
大橋先生が、自宅に初めてプロジェクターを迎え入れたのは、「AV REVIEW」の編集長時代だそうです。編集部に貸し出された液晶プロジェクターの画質に感銘を受け、返却まで期限があったので自宅に持ち込み、立ち上げ式スクリーンに投映したそうです。上映したのは『2001年宇宙の旅』(CAVレーザーディスク)。ディスカバリー号が木星に向かって旅するシーンを静止画で映したまま眠りに落ちた夜は、今でも忘れられないと語ります。
現在、大橋邸の120インチスクリーンに映像を投写するのは、ソニーのプロジェクター「VPL-VW745」です。レーザー光源とネイティブ4Kパネルを搭載した、4K HDRプロジェクターです。初めてご自身で導入したプロジェクターもソニーで、三管式の「VPH-500XJ」。その後、BARCOの三管式、JVCのD-ILAプロジェクターと変遷があり、現在に至ります。
「好角家(大相撲ファン)の私は、NHK BS4Kの相撲中継を毎場所欠かさず見ています。またF1の実況中継も見ます。私のホームシアターの視聴ソースは映画ばかりではありません。SNに優れ、明るくハイコントラストで力強いソニーのネイティブ4K映像は、現在の私のわがままな要求に応えてくれるのです」
- プロジェクターはソニー「VPL-VW745」。上部に覗く丸い穴は、前面排気の熱を室外に逃すために開けたもの。天井の黒いカバーは反射防止のための工夫とのこと。
- 再生機にはパナソニック4Kディーガのフラグシップ「DMR-ZR1」を採用しています。
- スクリーンは電動で、ソニーの「VPS-120FMJ」。
さて、大橋先生は、評論家として映像機器と向き合うとき、どのようなポイントに注目しているのでしょうか?
「映画コンテンツのピーク輝度周辺や暗部階調の映像表現、DCI色域、デジタル放送(4K60P)のBT.2020やHDR(HLG)を正しく再現できるか、といったことを確認しています。ただ、テクニカルな見地だけに偏らず、スクリーンの種類や室内で発生する反射光の影響など、ホームシアターの千差万別の視聴環境に適応することができる画質調整範囲の幅の広さも重要ではないでしょうか」
実際のユーザー視点でも映像機器を評価していることは、大橋先生ならではの視点のひとつかもしれません。
センタースピーカーが肝! 7.1.4chのサウンドシステム
音楽についても造詣の深い大橋先生。お父様はベートーヴェン、お母様は洋楽のファンだったそうです。現在のお仕事はご両親の影響が大きく、社会人になってからは恩返しに、お母様と妹さんには日比谷野外音楽堂のアントニオ・カルロス・ジョビンの来日コンサートを、両親には日本武道館のフランク・シナトラ来日公演をプレゼントしたこともあるそうです。
「美空ひばり、再結成前のはっぴいえんど、アストル・ピアソラ、レッド・ツェッペリンの1971年来日公演を生で聴いたのは今でも自慢です」
- 隣のテレビ部屋の棚には、レコードや書籍が並んでいます。
そんな大橋先生のホームシアターの現在のサウンドシステムは7.1.4ch。左右フロントには、ダイアモンド・ドーム・トゥイーターを搭載したBOWERS & WILKINSのスピーカー「802 Diamond」がドンと置かれています。センタースピーカーは「HTM2 Diamond」。4本のサラウンドスピーカーには「686S2」を採用しています。トップスピーカーはJBL、サブウーファーはKEFです。
「俳優のセリフをはじめとして、映画の音声情報の大半はセンタースピーカーから出力されます。ですから、フロントL/Rと同口径ユニットを構成したキャビティに余裕のある、重責を担えるセンタースピーカーを使うことをおすすめしています」
そう語る大橋先生は、プライベートでは、映画鑑賞時と音楽鑑賞時でアンプを使い分けているそうです。映画にはデノンのAVアンプ「AVC-X8500H」を使っていますが、ステレオ再生時にはアキュフェーズ「C-2900」と同社「A-75」に切り替えます。
理想のスピーカーシステムについては、どのように考えているのでしょうか?
「ホームシアターにおけるスピーカーシステムとしての資質自体は、ピュアオーディオの場合とあまり変わらないのではないかと思います。評価する際のポイントは、低域から広域まで帯域の広さ、周波数レスポンスがフラットで凹凸がないニュートラルバランス、歪みがなくS/Nに優れていること、自然な質感等々です。映像音響に特化する必要はないと思います。映像を拒否して音楽にイマジネーションを羽ばたかせるのもホームシアターの時間ですから。要は自然体で選べばよいのです。スピーカーは一緒に暮らすパートナーのようなものですので」とのこと。
- 写真左/左右フロントスピーカーは、BOWERS & WILKINS「800 Series Diamond」の「802 Diamond」。
写真右/サラウンドスピーカーにはBOWERS & WILKINS「686S2」を選択。
- センタースピーカーにはフロントと同じくBOWERS & WILKINS「800 Series Diamond」の「HTM2 Diamond」を採用。センターから出力される音声に重きを置くだけあって、筐体も大きく、大口径のモデルです。
- 写真左/トップスピーカーは4本ともJBL PROFESSIONAL「CONTROL 1」。
写真右/サブウーファーはKEF「PSW2500」。チークのキャビネットがお部屋の雰囲気にマッチしています。「紡錘形のちょっとユーモラスなたたずまいが好きでずっと使い続けています」とのこと。
- 映画視聴時はデノンのAVアンプ「AVC-X8500H」を使用します。
- 音楽を聴く際には、ステレオ再生時のノイズがより少ないアキュフェーズ「C-2900」、「A-75」のシステムに切り替えます。切り替えは写真下のスピーカー/アンプセレクター「F-2B」のスイッチ一つでなされます。
家族で楽しむホームシアターの”心”とは
50年間、大橋先生の歩みとともに進化し続けてきたホームシアターには、こだわりと哲学が詰まっていました。1998年に、「ハリウッドの豪邸の写真との訣別」、「ホームシアター作りのシェルパ(ヒマラヤの山岳ガイド、案内人)」をスローガンとして掲げて雑誌「ホームシアターファイル」を刊行し、日本型ホームシアターを黎明期から支え、今なお評論家として業界を牽引する大橋先生ですが、現在、”映画館のある家”ホームシアターについてどのように考えているのでしょうか。
すると、「家族で楽しむホームシアターとは、必ずしも家族そろって一緒に見るということを意味するのではありません」と、意外な答えが返ってきました。
「映画は本質的に毒のあるものです。背伸びをしてみるものです。学校をサボってみるものです。だから素敵なのです。家族が一緒に見られる映画の方が少ないのです。音楽だって世代で好みが違います。ホームシアターをお父さんの専有物にせず、家族めいめいが自発的に友達を呼んだりして楽しむことができ、時には家族揃って見る。それが『家族で楽しむホームアター』に込めた心なのです」
- 大橋先生が創刊した「ホームシアターファイル」。当時、日本にホームシアターが根付くかどうか不安もあったと言いますが、ホームシアターは日本でも着実にユーザーを増やしています。
最後に、評論家として執筆活動をするにあたって大切にしていることを聞いてみました。
「率直に書くことです。褒められようと思ってはいけません。私たち評論家の仕事に潜む危険性に、いわゆる<忖度>があります。商業誌である以上タイアップ記事もあるし、精魂傾けたという開発者の顔が浮かぶこともしばしばです。しかし褒められたいと思って文章を書けば、読者には必ずわかります。しらけて離れていくでしょう。そうすればメディアの衰退につながります」。
そう語る大橋先生の表情からは、長年業界を見つめ続け、今なお第一線を行く評論家としての矜持と覚悟を垣間見ることができました。
大橋邸ホームシアター概要
●プロジェクター:ソニー VPL-VW745
●スクリーン:ソニー VPS-120FMJ(幕面はキクチ科学製)
●Ultra HDブルーレイレコーダー:パナソニック DMR-ZR1
●ユニバーサルプレーヤー:OPPO UDP-205
●AVアンプ:デノン AVC-X8500H
●ステレオプリアンプ:アキュフェーズ C-2900
●ステレオ・パワーアンプ:アキュフェーズ A-75
●フロントスピーカー:BOWERS & WILKINS 802 Diamond
●センタースピーカー:BOWERS & WILKINS HTM2 Diamond
●サラウンド&サラウンドバックスピーカー:BOWERS & WILKINS 686S2
●トップフロント/トップリアスピーカー:JBL PROFESSIONAL CONTROL 1
●サブウーファー:KEF PSW2500
●CDプレーヤー:ヤマハ CD-S3000
●スピーカー/アンプセレクター:フォルテッシモ F-2B
- 大橋先生は幼少の頃からずっと、鎌倉で過ごしてきました。音元出版勤務時代、仕事帰りに鎌倉駅のホームに降り立つと、海の匂いが夜風に運ばれてきたそうです。その瞬間、残業で疲れた体と心が癒されたとお話ししてくれました。(写真はご自宅近くにある、高徳院の阿弥陀如来像〈鎌倉大仏〉)