高精細、高輝度、高コントラストという高画質プロジェクターに求められる要素を兼ね備える、ビクターが独自開発した表示デバイスが「D-ILA」です。その開発の歴史は25年。たゆまぬ研鑽は「DLA-V90R」に代表される、現在の8Kプロジェクターに結実しました。ここではD-ILAを開発し続けてきたレジェンド達に、四半世紀の歩みを振り返っていただきました。インタビュアーは、VGPアワード映像音響部会の審査委員長、大橋伸太郎氏が務めます。
- 「D-ILA」とは?
「D-ILA」とはDirect drive Image Light Amplifierの略で、JVCケンウッドが独自開発した反射型液晶デバイスです。D-ILAデバイスはRGBそれぞれに一枚配置され、光源からの光をデバイスで制御することで単色の画になり、RGBの3色がプリズムで合成されることでカラー映像になります。すごく簡単にいうと、プロジェクターとはパネルに映し出された映像を拡大表示するもの。つまり、D-ILAとはプロジェクターの心臓とも呼べるキーデバイスなのです。
※ビクターの8Kプロジェクター「DLA-V90R」単体にフォーカスした開発者インタビューは、こちらからもご覧いただけます。
「DLA-V90R」開発者インタビュー
CONTENTS
・D-ILAの原型は30年前からあった
・リアプロで熟成された技術がHD1で一挙に花開く
・D-ILAは3Dやシフト技術でも効果を発揮
・ビクター技術の集大成「V90R」が誕生
・ビクターが誇るD-ILAプロジェクター25年の歴史
D-ILAの原型は30年前からあった
― D-ILA25周年おめでとうございます。本日はD-ILAデバイスの25年を振り返っていただき、JVCプロジェクターの過去から8Kモデル「DLA-V90R」が誕生するまでをお伺いしたいと思います。まず、D-ILAのルーツをお伺いします。25周年とは、1997年に発表した「0.9型SXGA」からとなりますが、私は1992年に開催された技術展テクノフェアで、ILAスーパープロジェクターの展示を見ました。映像の雄大さに感銘を受けました。
小林 「よくご存知で(笑)。当時を知るのは私しか残っていませんね。そもそもILAとは、弊社が独自開発した反射型液晶デバイスのことで、イメージ・ライト・アンプリファイアーの頭文字。光を増幅して大画面に映すための表示デバイスです。大橋さんがご覧になったのは、弊社と航空機製造会社であるヒューズ・エアクラフト社とで共同開発した最初の試作機です。ヒューズ社は航空産業の会社でしたが、ILAプロジェクターをデジタルシネマ上映設備として使うことを計画していました。一方、弊社は民生用機器の開発を目指して商品化を急いでいました。振り返ると、このILAが本当のスタートですね。」
佐伯 「その後、研究開発を続けて民生用に採用する上で「小型化」と「光描き込み」というILAの課題を、電気信号をダイレクトに描き込むことで克服しました。これが「D-ILA」です。このDはダイレクト・ドライブという意味です。このデバイスが完成したのが1997年です。」
- 取材はJVCケンウッド本社、プロジェクター視聴室にて行いました。
- 写真左からJVCケンウッドの佐伯隆昭氏、間ケ部 武氏、小林 光氏の3名。佐伯氏は民生用モデルの実質的な初号機となる「DLA-HD2K」から現行の「DLA-V90R」まで担当。間ケ部氏は1997年に誕生した「0.9型SXGA」D-ILAデバイスから現在までデバイスの駆動系開発を担当するスペシャリスト。小林氏はプロジェクター事業部が立ち上がった時から在籍。「DLA-G10」を含む商品設計を長く担当します。
リアプロで熟成された技術がHD1で一挙に花開く
― 最初のD-ILAデバイスを搭載したプロジェクターは?」
小林 「業務用モデル「DLA-G10」です。1998年、解像度は縦480画素が一般的だったのに対し、1365×1024、明るさもキセノンランプを採用することで1000ルーメンあり、それは素晴らしい映像でした。」
― 高精細と光源に対して吟味する姿勢は、当時からあったのですね。
間ケ部 「はい。デバイスの特長である高精細、高輝度、高コントラストを活かしたモデルに仕上がっています。このD-ILA技術はその後プロジェクターだけでなく、大画面表示に強みがある「リアプロジェクションテレビ」に使われることになります。私は、その開発に携わったエンジニアでした。」
―リアプロは北米ですごい人気でしたからね。
- 2000年初頭、D-ILAデバイスを使ったリアプロジェクションテレビ「ビッグスクリーンEXE(エグゼ)」を発売しました。ビクターだけでなく、当時は様々な映像機器メーカーからリアプロテレビが発売されていました。
佐伯 「テレビは販売台数が多いので、開発リソースもたくさん投入されました。その恩恵もあり、D-ILAは飛躍的に進化しました。」
― その代表モデルが2007年発売の「DLA-HD1」ですね。
小林 「そうです。HD1で実現したネイティブコントラスト15000対1は、プロジェクターにおける新しい基準を作ったと思います。」
―私も開発サンプル機を師匠格のオーディオビジュアル評論家、松山凌一さんと一緒に視聴しました。ソースはD-VHS『海の上のピアニスト』でしたか。2人で観ながら「フィルムの画がプロジェクターで再現できるようになったんだね」と話したことをよく覚えています。おっしゃるように、暗部階調の豊かさはそれまで家庭用のプロジェクターで観られなかったのですが、HD1で実現できたと感じました。
間ケ部 「実はHD1からパネルはデジタル駆動になり、大幅に進化しました。しかも、パネル表面の平坦化など性能の向上こそ常に行っていますが、基本的な原理原則は現行モデルに採用されるデバイスとほとんど変わっていないんです。今振り返ると、HD1が発売された2007年はD-ILA飛躍の年といえます。」
佐伯 「HD1がなかったら、今のD-ILAプロジェクターはなかったと思うほど、HD1の開発リソースは後年に大きく影響してきます。」
Turning Point❶〜前人未到だった“1万超え”コントラスト
- 2Kプロジェクター
Victor
「DLA-HD1」
※完了品。2007年発売モデル
※発売時の想定売価は税抜で76万円前後
- 光学エンジンに「ワイヤーグリッド」と呼ばれるガラス基盤の表面にアルミの細かなリブを設けた偏光板を使うことで、黒画面表示時におけるレンズ側への光漏れを抑制。デジタル駆動となったD-ILAデバイスと相まって、ネイティブコントラスト15000対1を実現しました。この偏光板の採用がD-ILAプロジェクターの特長である「高コントラスト」の原点となっています。
D-ILAは3Dやシフト技術でも効果を発揮
―その「デジタル駆動」は3Dにも効果を発揮するわけですね?
小林 「D-ILAの特長でもある「面一括駆動方式」が、クロストークと明るさの両立という3Dで最も多い懸念を解消してくれました。」
―当時の3Dは左右それぞれ用の映像を、アクティブシャッターメガネで切り替える「フレームシーケンシャル方式」が主流。そのため画面天側から順次表示される駆動方式だとシャッターが閉じる時間が長くなり、映像が暗くなりがちでした。D-ILAなら画面をパッパッと表示できたから切り替えもスムーズ。明るい3D映像を堪能できました。
小林 「3D機能を初めて搭載した「DLA-X9」「DLA-X7」「DLA-X3」は好評でしたよ。」
―私も買いました(笑)。
佐伯 「ありがとうございます。さらに面一括駆動は、後の「e-shift」で必須技術となりました。」
間ケ部 「e-shiftは斜めに画素をシフトする技術なので、映像に合わせてシフトデバイスも同時に動きます。その動きにパネル表示が追従できないといけないのです。」
― なるほど。だから面一括駆動が活きたというわけですね。
小林 「ちなみにNHKと一緒に開発をして、2005年の愛・地球博で技術展示した8Kプロジェクターが、e-shiftの原型となるモデルです。」
―そんな昔から8Kにチャレンジしていたんですね。
佐伯 「さらに補足しますと、弊社は2000年には業界初の4Kデバイスを、2008年にも業界初となる8Kデバイスを開発しています。ですが、いずれも業務用でパネルの大きさは約1.7型と大きく、このデバイスでプロジェクターを作ろうとすると、家庭には導入できない筐体サイズに。そのため、民生用はHD1開発時の0.7型フルHDデバイスを改良し、e-shift技術で4K表示する方法を採用したのです。これがV90Rの「8K e-shiftX」にも活かされます。」
Turning Point❷〜デバイスの特性を活かした「3D」と「e-shift」
- 4K時代は斜め2方向に、8K時代では上下左右の4方向に画素を0.5画素シフトすることで、表示解像度を倍増化できる「e-shift」は、面一括で駆動できるD-ILAデバイスの特性を最大限に活かして開発されたものです。
ビクター技術の集大成「V90R」が誕生
―そして2016年、小型化を実現した「0.69型4Kデバイス」が誕生し、ネイティブ4Kモデル「DLA-Z1」が発売。レーザー光源の初採用、オールガラスレンズにもこだわり抜き、D-ILAの新たな扉を開きました。
佐伯 従来のレンズでは4Kの性能を発揮できないと感じていました。そこで商品企画の担当者と一緒に「8Kを見据えたレンズ」をコンセプトに新規開発しました。天地100%、左右43%という広いレンズシフトも備えつつです。そのレンズが現在のV90Rに繋がっています。Z1でこだわれていたからこそ、V90Rで8K映像を投写しても、高精細な映像を楽しめます。またレーザー光源も、Z1の時から進化しており、性能を比較すると4倍弱も効率が上がっています。
―HD1から続く技術革新の連続が、V90Rに繋がっていったのがよくわかりました。加えて「カラープロファイル」や「Frame Adapt HDR」など、発色やHDRのトーンマッピングに対するアプローチも先進的です。技術開発に終わりはないですが、V90Rはプロジェクターの完成形とも呼べますね。D-ILAの今後も楽しみです。
Turning Point❸〜未来のV90Rに繋がるネイティブ4K&レーザー
- ネイティブ4Kプロジェクター
JVC
「DLA-Z1」
¥3,850,000(税込)
当時世界最小サイズの「0.69型ネイティブ4Kデバイス」を初採用。レーザー光源も相まって話題を集めたフラグシップ。8K時代も見据えたオールガラスレンズの開発など、現行のフラグシップV90Rへ継承された技術も多い。
Turning Point❹〜D-ILAの集大成「V90R」、8K×レーザーと驚きのHDR
-
8Kプロジェクター
Victor
「DLA-V90R」
¥2,882,000(税込)
ILAの時代から振り返ると、「ダイレクト・ドライブ」「デジタルによる面一括駆動」「e-shift」「小型4Kデバイス」などD-ILAの進化の歴史は、現行のフラグシップ機「DLA-V90R」に結集しています。表示解像度は8Kに到達。新開発の光学エンジンやレーザー光源とも相まって3000ルーメンという高輝度を実現しました。2022年6月から生産も国内に回帰。創業の地である横須賀工場で、D-ILAデバイスの製造から組み立てまで行う品質重視の製品となっています。技術開発に終わりはないが、佐伯氏が「私の集大成」と呼ぶ、まるで肉眼視と錯覚するほどのリアリティある映像美は一見の価値あり。これぞD-ILAの傑作です。
- 小林 光氏
株式会社JVCケンウッド
MS分野 メディア事業部 マーケティング部
海外ソリューションビジネスG
海外勤務を経てD-ILA初号機となるG10から開発チームに参加し、主に商品設計を担当。X9/X7/X3の時代には統括長を務めたレジェンド。
- 間ケ部 武氏
株式会社JVCケンウッド
MS分野 メディア事業部 第一技術部 システムG
最初のD-ILAデバイス「0.9型SXGA」から開発に携わり、現在はパネルのドライブ回路の設計を担当。生産、品質向上の面でD-ILAを支え続ける影の立役者。
- 佐伯隆昭氏
株式会社JVCケンウッド
MS分野 メディア事業部 第一技術部 システムG
ホームシアター市場向けプロジェクター開発の立ち上げから参加。初期の「DLA-HD2K」から現在まで、民生機の画づくりのほぼすべてに関わる画質マイスター。
ビクターが誇るD-ILAプロジェクター25年の歴史
JVCケンウッド(旧:日本ビクター)は、日本の「テレビの父」と呼ばれる高柳健次郎博士が副社長を務めていたり、ビデオ規格である「VHS」を生み出したりと映像機器の独自技術を多数保有するメーカーだ。D-ILAもそのひとつ。ここでは、エポックメイキングな出来事を集めて紹介しましょう。
1997年
- 「0.9型SXGA」が誕生
解像度は1365×1024
1998年
- D-ILAを初搭載した
「DLA-G10」の発売
2003年
- 「DLA-HX1」でホームシアター市場に参入
解像度は1400×788画素
2004年
- フルHDパネルを搭載し、画質を追求した
「DLA-HD2K」
2007年
- 当時としては驚異的な15,000:1のネイティブコントラストを実現した
不朽の名機「DLA-HD1」
2008年
- 業界初となる8K解像度のパネル「1.75型8Kデバイス」を開発
2010年
- 明るい3Dで好評を博した
「DLA-X9/X7/X3」
2011年
- 「e-shift」で表示解像度を倍増化
「DLA-X90R/X70R」
2016年
- ネイティブ4Kとレーザー光源レンズにもこだわった
「DLA-Z1」
2021年
- 過去の技術を結集して誕生した8Kモデル
「DLA-V90R/80R/70R」
2022年
- D-ILAデバイス25周年
その歩みは決して止まらない!