マランツから昨年末、新たに登場したAVアンプ「CINEMAシリーズ」。その中核を担う9.4ch一体型AVアンプ「CINEMA 50」は、オーディオビジュアルの総合アワード「VGP」映像音響部会で、審査員からNo.1の支持を集めて、批評家大賞が授与されました。CINEMAシリーズのラインアップ刷新の狙いや、CINEMA 50のコンセプトと開発陣が注力したポイントとは? 審査委員長である大橋伸太郎氏による特別インタビューでお届けします。
- 9.4ch AVアンプ
MARANTZ
「CINEMA 50」
¥286,000(税込)
- <取材協力>
写真左/尾形好宣(おがた よしのり)氏
株式会社ディーアンドエムホールディングス
GPDエンジニアリング サウンドマスター
写真右/高山健一(たかやま けんいち)氏
株式会社ディーアンドエムホールディングス
国内営業本部 営業企画室
ブランドマネージャー Marantz/Polk Audio
CONTENTS
・新しい時代のAVアンプを再定義、よりプレミアムな体験を
・マランツの基幹技術「HDAM-SA2」を搭載
・Hi-Fiクオリティで、音楽も映画も
・「CINEMAシリーズ」今後の展開について
・SPEC
新しい時代のAVアンプを再定義、よりプレミアムな体験を
──VGP2023では、CINEMAシリーズ「CINEMA 50」が批評家大賞に選ばれました。今回はCINEMA 50の魅力を、企画・開発のおふたりへのインタビューを通して、読者の皆様にもお届けしていきたいと思います。
「CINEMAシリーズ」の投入は、従来モデルの延長ではなく、まったく新しい展開へと大きく舵を切る、なかなか思い切った戦略だと思います。そこに込められたマランツの意図、技術革新のポイントについて教えてください。
(高山氏) マランツはいま、リビングルームのなかでオーディオはどういうふうにあるべきか、新しいオーディオのあり方を再定義していきたいと考えています。ですので、CINEMAシリーズは、デザイン変更ありきではなく、包括的な新しいリブランディングの中で開発されたもの、と捉えていただきたいです。
マランツの製品にとって、音がいいのは当たり前のことです。そこに付加価値として、今の時代に合ったデザイン性とシームレスな操作性を盛り込んでいきます。1つのハブとして、マニアの方のみではなく、ご家族全員でコンテンツを共有できる、ご家族みなさんにマランツがあることに誇りを持っていただけるようなオーディオを目指しています。
- マーケティング担当の高山氏。CINEMA 50の企画背景や、マランツのこれまでの製品ラインアップからの進化点について教えてくれました。
(高山氏) 昔のオーディオのあり方といえば、たとえばドドンと大きなオーディオ機器がリビングルームに鎮座していましたが、それはあくまでレコードやCDで音楽を聴くことがお好きな方の個人的な趣味でした。しかし現在はストリーミングサービスを通じてコンテンツを手軽に受け取れる時代になり、家族それぞれがスマートフォンやPCなど独立した機器をつかいながらも、同じ音楽サービスに接続して楽しめるようになりました。旧来からのオーディオの枠組みでは、今のお客様のニーズに対応できなくなっているのです。
そして、もう一つがデザインです。これまでのマランツのプロダクトデザインは、オーディオマニアの方に喜んでいただく、愛でていただくデザインでした。CINEMAシリーズはインテリアにこだわったリビングにも調和しつつ、オーディオ機器であることを際立たせて、音が出ていないときであっても音楽好きのアイコンになれるようなデザインを意識しています。今のオーディオのあり方として、リビングルームで使っていただくにはそういった要素が重要だろうというふうに考えています。
──たしかに多くのオーディオ製品は、ミニマルで匿名的な雰囲気でした。しかしCINEMAシリーズは違いますね。ポストモダンでアイコニック、華のあると表現してもいい、見る・聴くことをシンボリックに表現するようなデザインです。
(高山氏) 特に正面の丸型ディスプレイは、そういった要素を現代的に表現しています。結果的に、思い切ってよかったなと思ったポイントですね。
(尾形氏) デザインを変えようと最初に話が出たのは2012年くらいなので、もう10年ですね。ここに行き着くまでに何度もレンダリングで絵が作られたり、デザインのモックアップが作られたりというのを経て、2020年に発表された「SACD 30n」と「MODEL 30」でようやく実現しました。
音と機能とデザイン、それをこのプライスで、というトータルのパフォーマンスを、我々の提供するパッケージの価値として認めていただいたお客様に届け、長く愛していただきたいです。
- CINEMA 50およびCINEMAシリーズは、デザインの刷新に伴って機構設計も見直されました。音質に関わるトップカバーやシャーシを構成する銅板の形状や各部を固定するネジの太さ・数も最適化されています。
──CINEMAシリーズは「CINEMA 50」のほかに薄型の一体型「CINEMA 70s」、セパレート型の「AV10」「AMP10」、それからまだ日本に導入されていない「CINEMA 40」があります。ラインアップの全体像を教えていただけますか?
(高山氏) AVアンプという製品ジャンルは、これまでは新しい規格が出たり、テクノロジーが変わったりするたびに、それを追いかけるかたちで、従来と同じような価格帯の新機種を発表していました。
しかし今回は、10数年ぶりのフルモデルチェンジです。伝統的なテクノロジーを引き継ぎながら、新しい機能とデザインも包括して、より本格的な音質に。マランツそのものの立ち位置ももう少しプレミアムに、そういうブランドになっていきたいという意志で新しいプライスレンジでラインアップを検討しています。
従来ですと筐体があってチャンネル数とワット数がこれだったらこのくらい、というように制限の中で価格を決めていくのがAVアンプでは定石でした。けれど今回は、新しいニーズに応える製品ということで、これまでの固定概念は1回忘れて、コストをかけるべき部分には妥協せずにかけました。Hi-Fiコンポーネントのようなやり方で、筐体を含め音質に磨きをかける方向に進んだのはCINEMAシリーズで大きく変わったところですね。音はぐっとよくなったなというふうに自負しています。
またCINEMA 50はよりマニアの方を意識しています。たとえば「Auro-3D」や「IMAX Enhanced」「MPEG-H 3D Audio(360 Reality Audio)」などの対応フォーマットを見ていただければ、明確に感じていただけると思います。逆に薄型のCINEMA 70sを選ばれる方は、押し並べてそうではないだろうと。プライシングも含めて、目指しているターゲットにより集約されるようにしています。
余談ですが、薄型が好まれるのは日本とヨーロッパで、米国ではそうでもありません。なぜ小さくしなきゃいけないの? と。CINEMA 70sは日本のユーザーの声を反映したモデルといえます。
- 7.2chスリムデザインAVレシーバー
MARANTZ
「CINEMA 70s」シルバーゴールド/ブラック
¥154,000(税込)
マランツの基幹技術「HDAM-SA2」を搭載
──それでは、CINEMA 50の音質設計や技術の特長についても伺いたいと思います。ある意味、ライバルはデノンさんから先日発表された「AVR-X3800H」「AVR-X4800H」になるのでしょうか?
(尾形氏) ご推察いただいたようにデノンとマランツは共通のデジタルプラットフォームを利用しつつ、市場ではライバルになるわけです。D&Mホールディングスになって20年以上経過し、当初は合併しただけで設計も別々でしたが、長い時間を経て、工場も一緒になりました。ただブランドとして大事な音質設計のところ、明確にデノンはデノン、マランツはマランツというポリシーは持ち続けています。技術的にも、合併以前からマランツが持っているテクノロジーをどう継承・発展させ製品に昇華していくか、という部分は、独自の取り組みになっています。
マランツは90年代から「HDAM(エイチ・ダム)」と呼称している独自のアンプ回路を入れていこう、という指針があります。Hi-Fi製品のプリメインアンプに関していえば、エントリークラスからフラグシップまで、すべてにHDAMが入っています。一方AVアンプのカテゴリーにおいては、一番エントリーのクラスになるとHDAM回路が入らないことがあるんですね。CINEMAシリーズですとCINEMA 70sには入っていません。CINEMA 50にはHi-Fiコンポーネントと同じ、高速アンプモジュール「HDAM-SA2」が搭載されています。
- マランツ サウンドマスターの尾形氏。マランツのオーディオ製品は、すべて尾形氏の音質検討を経てから発売へと至ります。CINEMA 50で注力したポイントや、設計時のエピソードを教えてくれました。
(尾形氏) 私が音質検討を担当するようになって6、7年になりますが、「回路のありなしで音質的に差があるか?」ということを比較する機会は多くあります。私の感覚で具体的な音の違いをいうと、きめ細かくて情報量が多くなり、よりリッチなサウンドになります。お客様に価値を提供するということに対して「HDAM回路が入っています」ということはただのアイコンではなく、実際に音として感じていただけると確信しています。
──HDAM回路を用いることは、高音質化に大きな影響を与えるということですね。
(尾形氏) はい。マランツらしいプレミアムなサウンドを、音で表現するためにはHDAM回路というツールが非常に有用であるというふうに考えています。ただ、HDAM回路を搭載するためには当然コストがかかります。スペースも必要です。さらに高音質にまとめあげるには、ただ回路を積めばいいのではなく、パーツの選定やレイアウトの工夫が必要になってきます。
- CINEMA 50には、マランツが誇る高速アンプモジュール「HDAM-SA2」が搭載されています。広帯域にわたるフラットな周波数特性とハイスルーレートにより、透明感が高く、情報量の豊かなサウンドを実現するといいます。
(尾形氏) CINEMA 50はプロセッシングが11.4chです。内訳はフロアが7ch、ハイトが4chと、サブウーファー4chです。15chすべてにHDAM回路が入っていて、物理的にも15個並んでいるというかたちです。配線の低インピーダンス化、ノイズ対策のために、基板は4層で内層に電源の層とグランドの層を持つ積層構造になっています。
もっともノイズを発生するのはデジタル回路です。コストをかけるのであれば板金などで完全にシールドするという手もありますが、4層構造の基板を採用することで、それに近い効果を得られています。グランドの層が面になっているので、ノイズを遮蔽する効果が得られるからです。
CINEMA 50本体の背面を見ていただけると分かりますが、一番いろいろな部品が密集しているのは後ろ側です。一番上にデジタルの基板があって、一番下にスピーカーの最後の出力段があって、その間にアナログ回路があって、DAC回路などがサンドイッチされて入っています。
動作周波数が高い複雑な処理の信号を扱っている部分は両面基板に、パワーアンプから出てきたオーディオ信号を最後にスピーカー端子に送ってあげるところは片面基板にしてコストを抑えたり。適材適所があって、やみくもに高品位なものを採用すれば音がよくなるというわけでは当然ありません。コスト配分を考慮した上で低ノイズ化を実現するのが、エンジニアの工夫で設計していくということであり、ブランドの独自の技術でもあるともいえます。
- CINEMA 50の背面。
──高品質なパーツの選定という部分で、こだわった箇所はありますか?
(尾形氏) たとえば、導電性高分子コンデンサは重要なパーツです。音楽の静けさみたいなところ、オーディオ的な言葉を使うと、S/N感みたいなものに、かなり効いてきます。音が出た時に、その背景の空気感、透明感、静寂感みたいなところですね。
- このパーツが導電性高分子コンデンサ。
Hi-Fiクオリティで、音楽も映画も
(尾形氏) CINEMA 50はマランツのAVアンプとしては異例なほど、アナログ部分に注力しているモデルです。HDAM回路はオーディオアンプの回路は電源のところが非常に音に影響があって、電源まわりのパーツをどう設計してあげるかというのが結構、音にダイレクトに効いてきます。HDAM回路の電源を強化してあげたというところはポイントのひとつですね。そうすることによって、プリアンプの音質的な効果をさらにHi-Fiグレードに引き上げています。
──CINEMA 50を試聴した評論家の中でも、Hi-Fiアンプに近いテイストの音だねという意見がありました。従来のマランツのAVアンプと比較した時に、あえて調整して変えた部分といえるような。
(尾形氏) それはまさに私の意図するところです。高山がご紹介しましたように、リビングのハブとして使われるとするなら、映画であったり音楽であったり、両方を分け隔てなく楽しんでいただきたいなと。画がないときの音楽も、もちろんHi-Fiクオリティのサウンドで聴いていただきたいという思いがありまして。
私の‥言っていいのかな?(笑) 個人的な想いとしては「CINEMA」という名前ですけど、やっぱり音楽を聴いた時にいい音だなって感じていただきたいなと。映像つきのコンテンツは、いい音であることも重要ですが、どうしても画のインパクトが大きいので。画がないただの音楽の方がよりリスナーとしては集中力が増して、いい音かいい音ではないかという判断がシビアな気がします。だから、音楽を聴いた時に満足してもらえるようなものを作りたいなと思うんです。
──となると「CINEMA」というネーミングは、あらゆる意味で思い切っていますね。
(尾形氏) もちろんわかりやすくていい名前ですよね。ただ私の想いとしては、ネーミングから映画向けなのかなって思われている方には、それだけじゃないよ、ということは伝えたいです。
- ギザギザの波型の菊座ワッシャーで接触を強化する手法は、マランツ流の伝統的なテクニックの1つ。Hi-Fiでも採用されている音質チューニングの一環で、左右で差をつけることでより音場が広く再現されるサウンドに調整しているそう。尾形氏の前任のサウンドマスターである澤田龍一氏の時代から引き継がれています。
- 映像面の機能として、HDMIの入出力は8K/60p、4K/120pをサポートするほか、HDR10+やDolby Visionにも対応しています。4K/8Kアップスケーリングしての出力も可能。HDMI2.1もサポートしているので、ゲームプレイも快適に楽しめます。
- ホームシアターユーザーのなかにはプロジェクターとテレビなど複数の映像機器に両方つないでいる方も多いですが、CINEMA 50ではリモコンの「HDMI OUT」というボタンを押すと、HDMI1と2の出力を簡単に切り替えることができます。
「CINEMAシリーズ」今後の展開について
──最後に、今後の展開についてもお伺いします。2月14日に発表されましたセパレート型パワーアンプ「AMP10」には、ICEpower(アイスパワー)というクラスDのアンプを採用しています。CINEMA 50はアナログアンプという道を選びましたが、一体型マルチチャンネルアンプで同じソリューションを使うという考えはなかったのでしょうか?
(尾形氏) 実現するかはともかくとして、私のサウンドマスターとしての感覚でいうと、今後の選択肢として可能性があるのではないかと考えています。先ほど高山からもありましたが、CINEMA 70sは薄いからリビングのラックに収まりやすい、という要素が日本で特に支持されています。クラスDアンプを使うことで、そこがもっと追求できるのではないかという発想は当然持っています。
AMP10で使ったクラスDアンプの開発には、ものにできるまで足かけ5年ぐらいかかっています。最初に試作したのは2018年くらい。それを揉んで揉んで2020年にようやく今の形に近いものが出来上がって、2023年2月にようやく発表。誤解を恐れずにお伝えすると、それは「ハイエンドだから」「フラグシップだから」、その時間をかけさせていただけたし、紆余曲折があっても開発を続けて完成させることができたわけです。ブランドとして大きな資産になりましたので、これをどうほかのモデルに展開して行くかというのはこれからの話ですね。
──日本では未発表の一体型「CINEMA 40」もありますし、今後のマランツ製品にもますます期待したいですね。CINEMA 50には、家庭の視聴覚のハブとして「見る、聴く、楽しむ」ロマンが託されています。これまでマランツの音を愛してきたブランドのファンの方はもちろん、多くのオーディオビジュアルファン、ホームシアターファンにも楽しんでもらいたいですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。
- 川崎にあるD&Mビルの一室をお借りして、マランツメーカー陣への特別インタビューを行いました。
SPEC
「CINEMA 50」
●パワーアンプch数:9ch
●定格出力:110W+110W(8Ω、20-20kHz)
●実用最大出力:220W(6Ω、1kHz、1ch駆動)
●周波数特性:10Hz-100kHz(+1、-3dB、ダイレクトモード時)
●HDMI対応サウンドフォーマット:Auro-3D、Dolby Atmos、Dolby Atomos Height Virtualizer、DTS:X、DTS Virtual:X、IMAX Enhanced、MPEG-4 AAC、MPEG-H 3D Audio(360 Reality Audio)
●対応サンプリング周波数/量子化bit数:PCM最大192kHz/24-bit、DSD最大5.6MHz
●主な入力端子:HDMI×6、光デジタル×2、同軸デジタル×2、アナログ音声(RCA)×5、USB×1、LAN×1ほか
●主な出力端子:HDMI×3、アナログ音声×13、サブウーファープリアウト×4、マルチチャンネルプリアウト×11.4chほか
●消費電力(待機時):680W(0.2W)
●外形寸法:442W×165H×404Dmm
●質量:13.5kg